子ども・若者育成支援法施行までのリアルを法案作った人に聞いてきたハナシ

2月13日に内閣府で「青少年問題調査研究会」という集まりがありまして。

だいたい年に1回開かれるごくごく小規模な勉強会で、開催の告知も内閣府の共生社会グループが出してるメルマガに登録してないとほぼ十中八九見逃すというレアな会議なんですが、その小規模さゆえに選ばれるテーマはなかなかいぶし銀、渋い。

今回のテーマは「子ども・若者育成支援推進法の回顧」ということで、現在は静岡県掛川市の副市長で、当時内閣府参事官補佐だった久保田崇さんが講演するという立て付け。

渋い、渋すぎる。日々、国内各地の自治体の子若協議会設置のやり取りをしているような自分くらいしか聞きにいかないんじゃないかと心配になって、子どものアレルギー負荷検査の終盤を実母にバトンタッチしていってみたら、30人くらいいた。人知れず仲間意識を持ちました。

さて、話は久保田さんが内閣府参事官補佐だった時に遡って始まりました(というか、ちょっと遅刻していった私が聞き始めたのがそこから。うそつきましたすいません)
その時というのは、自民党から民主党に政権が移る直前だった麻生内閣時代。

で、その麻生内閣の麻生総理が、所信表明演説の中でこういたそうです。

「困っている若者の自立を促し、手を差し伸べます。そのための、若者を支援する新法も検討します

それを聞いた久保田参事官補佐は心の底で直感したそうです

「あ、やべーな(ニュアンスは田中訳)」

これは法案作成を担当する官僚の方が感じる独自のものだそうですが、今回もその直感は見事に当たり、所信表明演説が行われたのが2008年9月で、法案が国会に提出されたのが2009年3月という法案提出まで半年というごく短期での作成となり、久保田さん含む内閣府の策定チームは、この半年間ほぼ寝ないで法案を練られたそうです。

それにしても、議員は法律をつくる、このことはいつか学校で習った覚えはあるんですよ。

でも、こういう話を官僚の方から聞くと、やっぱ国会議員すげえな!って思うんですよね。

なぜって、まあ事前に色々調整や検討はしたにせよ、言ったことが一国のルールになるんですから。
まじやばくね。そういう人選ぶ選挙って、やっぱ大事じゃね?チョリーッスって、自分思うわけっす。

ちなみに法案提出時の法律名は

「青少年総合対策推進法」

うーん、ええっと
ネーミングの第一印象はパッとしませんね。
ごめんなさい久保田さん。
でもなんか、わかったような感じはするけどその実何かよくわかんないです。
とりあえず試験には出そうな感じはする。

と、一般人からするとそういう感想を持つのですが、当時は「若者」というワードを冠した法案が存在しなかったので、法制局との調整が非常に困難であり、「青少年」という表現に落ち着いたという背景があったそうです。

これまで使ったことがないから使わない、という理由自体が、わかるようなわからないような感じもしますが、ちゃんと考えがあったということはわかった。

おそらく同様な背景で、「総合対策」というわかるようなわからないような言葉がVer.1で出力されたんだと思います。

(↑ここんとこ、ちょっと茶化す調で書いてますが、実際にはそれぞれの組織の経験に培われた不文律みたいなのがあり、それらのルールを紐解けばそれなりの理由があると思うので、「なるほどなー、そういう理由で判断するからにはきっと法制局なりの論理があるんだろうな」と思っています。)

ともかくもそういった調整を経て提出された法案が、次に通るのは、与野党間の修正協議というトコロ。

へえ、与党がやるといった法案ってちゃんと野党がつっつく余地があるんだ、と、これまた新鮮な驚き。
なんかそれなりにフェアじゃん。日本の立法府。

で、その協議の結果、決まった法案名が

「子ども・若者育成支援推進法」

子ども」ってついてるやないかーい!

と、心の中で久保田さんに突っ込んだのは内緒。

とまあ、法案ができるまでの中で、自分達が普段知ることがないような紆余曲折や調整があるということが知れたのは一つの学びでありました。

秋田県大仙市でのヒアリング

今日は、内閣府の「SNSを活用した相談事業の調査」の一環として、秋田県大仙市の子ども・若者総合相談センター「ふらっと」にお邪魔してきました

「 ふらっと」を運営しているRoseline Yougさんはマレーシア出身。
自分にシンガポールで生活した経験があったのでちょっと盛り上がる。
出していただいたチャイは色々なスパイスの味わいがふわっと立ち上ってきて、マレーシアの肉骨茶(バクテー)を思い出しました。 個人的にはシンガポールのシンプルな(というか作りが粗いw)バクテーの方が好きですが。

Roselineさんと共に居場所で働くピアスタッフは8名で、彼等と一緒に運営しているのが「ふらっと」の特徴の一つだと思います。ピアスタッフは全員が5年以上のひきこもり経験がある人だそうです。

ピアスタッフの活動についてRoselineさんが教えてくれたことで印象的だったのは、

「ピアスタッフに求めているのは、自分の体験を相手の体験に合わせるか合わせないかを話してもらって、合うのであれば自分の本当の気持ちを“少し”ぶつけてもらうこと。
でも、その人と合わなければ離れてもいい。そこで寄り添うのはカウンセラーの仕事なのではないか。」

という一言。

ピアスタッフの当事者性と一言でいっても、そこにはやはり相性や合う・合わないという要素もあるということですね。そのあたり突っ込んだ話ができればよかったのですが、今回はSNS相談についての話がメインだったので、またの機会にそのあたりをしっかり聞きたいところです。

さて、前日の最終の新幹線で23時過ぎに大曲につき、10時から12時でお話を伺い、12時46分の新幹線で東京に戻り、夕方は豊島区の子ども・若者総合計画策定のための合同会議に出席です。なんか前職よりスケジュールがハードな気がする。。。苦笑

ファシリテーションとさんまさん

今日は10時から愛知県あま市・大治町が合同で設置した子ども・若者支援地域協議会の実務者会議に出席してきました。

あま市・大治町は名古屋市の郊外に位置しており、伺った印象だと、名古屋市のベッドタウンのひとつといった感じ。
初めてお招きいただいたときは、最寄り駅にコーヒー飲みながら時間潰せる店の1つくらいはあるだろうと思いきや、全くなくて途方に暮れた記憶があります。

全国でも、複数の市町村が合同で子若協議会を運営する事例は多くありません。
具体的な場所で言えば、徳島県板野東部(松茂町・北島町)と豊橋市を中心とした東三河エリアの広域連携ぐらいでしょうか。

が市町村という枠組みで整理されているということから、実務的にいろいろと大変なのが多いのですが、特に小規模自治体からのニーズは強い形態ではあります。

今日はそんな2市町の実務者会議(4回目)にコーディネーターとして出席してきました。
年度最後の会議ということで、今年度の総括と、来年度の体制に関する情報共有がメインのアジェンダでした。

よく最終回の会議に出席すると、振り返りという名のもとに、今年度実施した内容をただ列挙して、来年いつぐらいに会議をします、ぐらいの粒度の報告で終わることが多いのですが、正直そのレベルの会議するなら資料添付して関係者にメール送信でもいいと思うんですよね。
わざわざ社用車で往復の時間かけて参加するようなものじゃないと思います。

今年の振り返りは何のためにやるのかと言えば、来年度の運営を今年度より少しでも実りあるものにするためにやるわけです。
その目的に対して、、ただただ実施した事を読み上げていくという手段がフィットしているかと考えると、全くそんなことはないですよね。

参加している人は絶対に何かしらの感想や意見を持っています(言語化していないかもしれないし、過去の記憶なので風化しているかもしれませんが)。
それを会議の場に引き出してあげるのが初手、それを来年度の検討課題として受け止めるのが次の手、来年度冒頭で対応方針を示してようやく目的に対する方法として位置づけることができるのではないでしょうか。

来年度の実施内容についても、「●月に代表者会議、◎月に実務者会議」と紹介してもあまり意味がありません。
参加者に参加日程を確保してほしいなら日時までもう決めてしまった方がよいですよね。
コンテンツを詰め切れていないのであれば、参加者からアイデアを募ったっていいのです。

だって協議会じゃないですか。報告で終始するような場は協議会とは言わないと私は思います。

ということで、全体の報告については大治町の事務局の方にお願いし、今日の私はもっぱら議題事に割って入って参加者から意見を募るという役回りでお手伝いしました。

実際に話をうかがっていくと、現場経験豊富な方々から実務的なご意見や改善提案がたくさん上がってきてとても建設的な場になりました。

支援機関マップや、相談内容を記録する相談簿の記載項目や支援機関の間で共有する方法、同意書の内容についてより分かりやすく対象者に説明するための工夫など、あま市大治町以外の自治体でも使えそうな知見があったので、またの機会にご紹介したいと思います。

会議後に、大治町の担当者の方が、「自分達だけでつくるよりも、よほど参考になる意見がたくさんあって驚いた」と仰ってました。
これはお互い様で、お互いに専門性のあるところとわからないところを持っているので、それを補い合うのが協議会という場所なので、全く気にする必要は無いと思います。

足りないところをちゃんと開示して、他の支援機関の知恵と経験でもって補完していく。そうしていく中で、地域の支援を厚くしていくことが大事なのではないでしょうか。

今年度の愛知での仕事は今日で終了。今年度も20回くらい来ている気がします。お世話になりました!

「マイナスからゼロへの支援」と「ゼロからプラスへの支援」

今年は愛知県、徳島県に加え、岡山県のSVを拝命している田中です。本日は岡山県下の市町村の担当者の方々向けに、子ども若者支援地域協議会の説明をするということで、県北地域の中核地域である津山市にお邪魔してきました。

二か月くらい前に津山市の隣の勝央町に同じくSVとしてお邪魔したときは、横浜から津山まで深夜バスを使って早朝6時に到着するという、前入りするにも程があるだろ!という時間に来たのですが、今回は都合が合わず、飛行機で岡山県入り。

とはいえ、10時には津山市に到着し、午前中いっぱい津山城に登城して本丸曲輪で一人PCを開いて仕事をしたり、観光センターのレンタサイクルを借りてB級グルメで有名な橋野食堂でホルモン焼うどんを食べたりしてから会場にレンタサイクルでそのまま乗り付けてるという、もう県北エリア10回以上来てるので滞在の仕方も徐々にこなれてきた感じがします(笑)

今日の会の出席者は、県の担当者の方々、県北エリアの自治体の方々の他、内閣府の担当の方と、臨床心理士で内閣府の委員もお勤めの「コラボオフィス目黒」の植山先生主宰もご参加いただいての豪華なラインナップ。

内閣府からは政策的な動向とマクロ情報の提供、私からは各地の協議会の設置・運営状況のご紹介と設置のポイントの解説をしたうえで、植山先生からはモデルケースを利用したケース検討の練習を

県北地域では唯一協議会を設置している勝央町をはじめ、皆さん自地域で同様の相談があった場合にどのように対応していくかをご検討されていました。

検討された内容の発言を聞いていると、協議会を設置していない地域と設置済みの地域・民間組織(NPOやボランティア組織)とでケース検討のアプローチの仕方が異なっているようだったのが印象的でした。

未設置地域ではどちらかというと、「当事者の何が問題なのか」という点から支援を組み立てようとしているのに対して、設置済みの地域やNPOは「当事者あるいはその親の目指すゴールはどこにあるのか」ということにフォーカスしていました。

もっとも、この指摘の違いは、設置・未設置の違いというよりは、参加された方の所属によるのかもしれません。今回でいえば、どちらかというと福祉系の支援員の方が前者的な目線で、相談センターの相談員の方やNPOの方は後者という分けの方がしっくりくるような気もします。

私自身は、よく

当時者が抱えている問題を特定して、それを解消するような支援を「マイナスからゼロに引っ張り上げていく支援」

「自分なりの自立に向けてのゴール設定ができて、それに向かっていく過程をサポートするような支援は「ゼロからプラスにもっていく支援」

と表現しています。

この二つの支援はどちらがベターか、という話ではなく、どちらの視点も重要ということなのは言うまでもありません。

難しいのは、両タイプの支援をケースに応じてどのように配列させていくのがいいのか、というところにあると思っています。

ケースによっては、最初にどうありたいか、というところを一緒に描いて、それに向かって目下の問題をクリアしていくというアプローチがよいのかもしれない。

また別のケースでは、まずは抱えている問題をじっくり解きほぐしてあげるのがよいのかもしれない。

ケースによって「ー→0」「0→+」の支援をどのタイミングでどのように示していくのかベターかという判断は異なります。それを考えるのが総合相談センターであり、協議会の検討の場でもあります。

また、そういった柔軟な支援を構築するためには、地域における支援リソースが多様であること、相互につながりうるだけの関係ができていることが重要ということもいえると思います。

ケース検討の最後に、勝央町で長年相談窓口の相談員をやられている方が、支援のスタンスについて

「焦らずに、長期的な対応をひとつところで抱えるのではなく、たくさんの関係機関が一緒に支援について考えていくことが重要」

と仰っておられましたが、現場のご経験としても、様々な機関があることで示せる支援の可能性の広さを意識されてのご発言だったのではないかと思うわけです。

地域において

「-→0」「0→+」の支援を担保できていること

両タイプの支援の多様はどのくらいか

支援リソース同士のつながりはどうか

そういった視点を持っておくことが、地域で支援できることを考えていく上で重要なのではないでしょうか。

子ども若者支援地域協議会立ち上げのポイント~愛知県豊橋市の事例から~

先日愛知県の研修会のお招きで、同県豊橋市の子ども・若者支援地域協議会の立ち上げに携わっていた松井清和さんとお話する機会をいただきました。

松井さんは現在豊橋市総務部情報企画課でお勤めですが、H22年からH25 年まで、教育委員会教育部青少年課に続き生涯学習課で子ども・若者政策を担当されていらっしゃいました。

松井さんとは、子ども・若者支援の取り組みが全国的に始まったころからのお付き合いで、かれこれ8年ほどになるでしょうか。

いろいろな地域の協議会で顔を合わせたり、協議会の立ち上げや運営に携わられた方のOB会的な組織を一緒に主宰させていただいたりと、非常にお世話になっている方なのですが、実はいままでちゃんと豊橋市の協議会の設立経緯について突っ込んでお話をしことがなく、自分にとっても非常に学びのある機会となりました。

今回は、松井さんの話から見えてきた豊橋市の協議会設置の4つのポイントについてご紹介していきたいと思います。

将来の政策動向を見据えての前身組織の設置

豊橋市の子ども・若者支援地域協議会の設置は平成22年度なのですが、実は豊橋市ではその前年に「豊橋市若者自立支援ネットワーク協議会」を設置しています。

このネットワーク協議会は、同年5月に設置された「とよはし若者サポートステーション」の設置と同時期に設置されており、当初から「相談窓口と支援の場としてのサポステ、実務者の連携促進の場としてのネットワーク協議会」という構造ができていて、いきなりこの体制を構築するのはすごいな…と思って質問したところ、前任者の方が、子ども・若者政策の今後の動向についての情報をどこからか入手されたという話でした。

豊橋市にはよほど優秀な諜報機関かスパイマスターでもいるんでしょうかね(笑) というほどのことでもないですが、自分の地域の中の情報だけでなく、もすこし広い範囲での政策的なベクトルを把握しておくと、少しずつ準備を進められるというメリットがあるようです。

協議会のポジショニング

豊橋市の協議会は「困難を抱える高校生支援(不登校・中退対策)に注力しよう」ということで、協議会の活動のフォーカスポイントを定めていたそうです。

もちろん、高校生だけの相談にしか乗らないというわけではなく、他の年代にも対応するのですが、設置当初、高校中退者の割合が全国平均よりも高いという問題に直面しており、それを解消するというのが大きな課題だったという背景があります。

実際、その研修会の参加者の反応も見たんですが、高校中退後に困難に直面している人をサポートできるリソースって地域にはあんまりないんですよね。

逆にいうと、中学校までは教育委員会、大人になってからの問題はハローワークやサポステ、福祉部門がカバーしていて、無理してそこまで子若協議会でカバーする必要がないともいえるわけです。

そのような状況下で、協議会の論点を絞り込むのは、参加者にとっての参加目的が明確化されたり、他の協議会との重複を無くせたりといったメリットが期待できるそうです。

「とにかく設置しよう」ではなく、地域の実情と提供サービスを鑑みて、どこに注力するのかを考えて協議会をデザインすることが重要なのではないでしょうか。

安定的かつ効率的な運営のための仕組みづくり

協議会を運営している地域でよく聞かれるのは「協議会がマンネリ化してしまって、何を話せばよいかわからない」というご意見。

個人的には、「問題が解消しないかぎり(地域内の困難を抱える子ども・若者がいなくならない限り)」話すことは尽きないはずだと思うんですけどね。。。

豊橋市の場合は、会議の形式をいわゆる「ロの字型のよくある会議」ではなくワークショップ形式にすることで、参加者からの意見を引き出すような工夫をしているとのこと。

年に1回開催の豊橋市の名物イベント「子ども・若者フォーラム」は、盛況時には約60の機関から約80名が参加するそうです。

会議であれ、イベントであれ、活発にするために重要なのは「コンテンツ」と「集客」だと個人的には思います。人が集まらない、活性化しないという嘆きが出てくる地域は、だいたいこのどちらか(あるいは両方)がうまくいっていないことが多い気がします。

子ども・若者に関わる問題意識は多くの個人・組織が持っていらっしゃいます。

その人たちが不満なのであればそれはコンテンツが参加者にとって新奇性が低かったり価値が無いということ。

欠席が多いということであればそれに加えて広報や周知不足。

豊橋市の場合は松井さんはじめ、ご担当者の方がいろいろな地域の事例を足をつかって仕入れ、盛り上がるための仕掛けを考え、いろいろなルートをつかって参加を要請している賜物なんですよね。

当事者目線(UX)を重視したサービス設計

豊橋市の取り組みの節々には、当時者の立場にたったサービス設計の視点が感じられます。

様々な事情で全日制高校に通えない高校生が困っているという気づきをから通信制高校の合同説明会を開催したり、それまで豊橋駅から車で15分のところにあった相談センターを駅歩10分のところに移したりといったそれぞれの取り組みの根底には、利用者にとってのユーザビリティを高めるという姿勢があります。

個人的に興味深かったのは、総合相談窓口を直営から社会福祉法人に移管したことで、行政直営ではなかなか難しい土休日や夜間の運営がこの措置によって可能になった結果、平日の日中に相談に来れない学生や保護者の利用のハードルがぐっと下がったという話でした。

これらの取り組みは、協議会が高校生(とその保護者)を主軸にした結果、サービスの利用者の解像度が高まり、ユーザビリティが高めることに成功した例と言えるかもしれません。

新規事業開発の観点ではよく「UX(=User Experience、利用者体験)」の重要性が指摘されます。UXを起点にしたサービス開発こそが、利用者に支持され続けるためには重要であるという考え方ですが、豊橋市の取り組みはまさにこの考えの中で実行されているような気がします。

 

豊橋市の取り組みはその他にも、地域間連携など、特徴的な取り組みがたくさんあったのですが、二時間という尺の中ではとてもすべてを拾いきれませんでした。たぶん6時間くらいあっても足りないと思う(笑)

松井さんとは今後もちょくちょく会うので、折に触れて研修会では触れられなかった部分についてもうちょっと突っ込んだお話を聞きたいな~と思いました。

子ども・若者の個別相談会@石垣市

かなり前のことですが、石垣市の子ども・若者地域支援協議会の立ち上げのお手伝いをして以来、お邪魔する機会がなかなかないのですが、石垣市の子若支援の取り組みとして、個別相談会を実施しているようです。

相談に乗ってくれるのは沖縄県の相談センターであるSoraeの松本大進さん。以前インタビューさせていただいたことがあるのですが、とても熱心な方です。

当時者やそのご家族の方が相談できるチャネルがたくさんあるのはよいことだと思っています。当事者と支援者も人間。そこには相性もありますからね。

相談者からすると、困難に直面したときにどのような支援を受けられるのか、複雑だし広汎だしよくわからない、ということはままあることなので、こういった相談会の場に、各種支援領域の担当者がいらっしゃるとより実のある場になるのではないでしょうか。

豊島区が子ども・若者総合相談窓口「アシスとしま」を開設

豊島区で子ども・若者向けの総合相談窓口が開設されたそうです。

相談利用が可能なのは区内在住の概ね39歳までの若者とその家族。

取り扱う態様としては、日常生活習慣、学校生活、進路、ひきこもり、家庭内暴力、非行等の課題。

庁内設置という点では23区初。

複数の支援機関が連携することが求められる若者支援において、庁内に窓口があることは、ユーザーである区民の利便性向上につながるメリットがあります。

また、豊島区の支援の特徴としては、相談窓口で「待ちの支援」を展開するのみならず、「子ども若者支援ワーカー」を設置して当事者へのアウトリーチや支援者との関係構築を図っていくとしている点が挙げられる。

ただ窓口を設置しても、広報力不足などで利用者が増えない事例もあるので、こういうプッシュ型の支援との組み合わせは非常に重要かつ効果的。

いろいろトガってる!名古屋市子ども・若者総合相談センターの取組み①

内閣府の平l成29年度第3回青少年問題調査研究会で取組みを紹介した4つの総合相談センターのうち、今日は名古屋市の取組みを聞いて田中が感じたことをば。

名古屋市の総合相談センターには、以前私も調査でお伺いしてお話を聞いて、その取り組みの先進性に度肝を抜かれました。

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岡山県勝央町の子ども・若者支援の取組み「体験バンク」のポテンシャル①

2月14日に内閣府で開催された青少年問題調査研究会で子ども・若者支援の取組みを発表した4地域の1つ、岡山県勝央町のプレゼンテーションで、同町が試行錯誤の中で生み出した面白い取組み「体験バンク」が紹介されていました。

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『子ども・若者総合相談センター』における支援の取組/内閣府 青少年問題調査研究会

内閣府では定期的に青少年問題調査会を開催しており、その時々で注目を集めている活動を紹介しています。

今回は「『子ども・若者総合相談センター』における支援の取組」ということで、全国のセンターの中でも特徴的な取り組みをしているセンターの責任者(自治体担当者、民間事業者の代表者)が取組みの経緯やポイントを説明することになっています。

今回招聘されている4地域(愛知県名古屋市、岡山県勝央町、福岡県北九州市、長崎県)は田中が前職時代にお手伝いしたことがある地域であり、とても感慨深いものがあります。

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