勝央町にて。

今日は岡山県北部の人口11,000人の町、勝央町での今年度最後の会議でした。

勝央町は子ども・若者支援の取組にかなり初期から取り組んでいる地域です。
多くの地域が、支援の仕組みを立ち上げたものの、その後失速していく中で、勝央町は、様々な試行錯誤を重ねながらも、その経験をベースに地域独自の取組を創り上げてきた、非常にレアな地域でもあります。

その背景には、悩みを抱えてやってきた若者を応援するために、やれることはやる、今やれないことであってもやれるようにする、という粘り強く適応的なスタイルがあります。

多くの地域が
「予算がないから」
「人がいないから」
「やったことないから」
という色々な理由でやってこなかった取組を、工夫して、毎年少しずつ増やしていった勝央町。

今日の振り返りでは、それらの取組がうまくかみ合って、応援していた人たちが、彼らのペースで歩んでいくお話をたくさん聞くことができました。
(ここだけの話、お話をうかがいながら目頭が熱くなることが何度かありました)

目の前にいるその人にフォーカスし、彼らが本当に求めているものを提供する。その試行錯誤の過程で得られた学びを次の活動に反映していく。

領域は違えど、そこには社会に新しい価値をもたらすために必要な活動があります。
その活動は、世界を変えないかもしれないけれど、ひとりの若者にとっての世界が変わるための活動にも素晴らしい価値があるのだと個人的には思います。

そういう活動が岡山県の勝央町という場所で起きているのがとても興味深く、また、そういう活動に長く関わらせてもらっていることが非常にありがたくもあります。

「子ども・若者支援フォーラムinあいち」開催しました

ここ数年、スーパーバイズを拝命している愛知県で二年がかりで企画してきた「子ども・若者支援フォーラムinあいち」が1月18日に開催され、多くの方の御協力と御参加のおかがで、無事に終わりました。

今回は、13時スタートの18時終了と、時間で見ると結構長丁場なのですが、コンテンツは盛沢山で、時間も空気も足りない半日となりました。

まず、札幌市若者支援総合センター の松田さん、育て上げネットの井村さん、草の根支え合いプロジェクトの渡辺さん、東三河セーフティネットの金田さん、北九州市YELLの村上さんという錚々たるメンバーによる「非専門家や地域の生活者を巻き込んだ支援」についてのパネルディスカッション

次に、愛知県内で特に要望の多かった「アウトリーチ(訪問支援)」と「居場所」というテーマで分科会を並行開催。
アウトリーチは井村さんと渡辺さん、居場所は村上さんと金田さんという構成で対談が始まり、続いて、参加者と登壇者が一緒になったワークショップを実施。

さらには参加者同士の交流会があり、その後に居酒屋になだれ込んでの懇親会があり、最後はフォーラム常連メンバーがAirbnbに宿泊して夜遅くまでお互いの近況を語り合うという超長丁場な一日でした。

このフォーラムは今回で6回目、もともとは、内閣府の「子ども・若者支援地域協議会」の立ち上げに関わった全国の行政職員の方々(と当時の事務局業務を受託していた私のような会社員)のOB会的な集まりとして始まったのですが

「どうせ集まるのなれば、集まった地域の子ども・若者支援関係の方々と交流できたらいいのではないか」

というアイデアから徐々に規模やコンテンツが充実してきた草の根的な活動だったりします。今回は愛知県主催という形で、100人もの参加者が昼食後の眠い時間に四半日もの時間を熱狂的な雰囲気で終えることができ、何だか隔世の感があります。

来年はどこでやるのか。なんとなーく候補地は決まっているのですが、確定ではないので伏せますが、さらに建設的な場を創っていきたいところです。

新潟少年学院スタディツアー(2回目)体験記その一

育て上げネットが企画する少年院のスタディツアー
先月の愛媛県松山学園、香川県丸亀少女の家に続き、今回は新潟県長岡市にある新潟少年学院に7月17日に行ってきました

ちなみに新潟少年学院への訪問はこれで2回目
上越新幹線の長岡駅から車で15分ほどの所にあります。

前回のスタディツアーの参加者は確か10名ちょっとだったかな。ちなみに今回の参加者は40名くらいの大所帯。
参加者のバックグラウンドも本当に多様で、NPO、民間企業、法務省など色々。
社会的な関心の高さがうかがえます。

平成24年に施設更新を迎えたため、非常にきれいな施設に到着後、2階の会議室に通していただき、馬場院長以下、法務教官の皆様に施設概要や少年院に送致されてくる少年たちを取り巻く情報についてご説明いただきました。

このプレゼンテーション、随所随所でプレゼンターが院長から統括官、次長へと変わりながら、担当者の視点でわかりやすく説明していただき、チームプレー感半端ない仕上がりでビビりました。
休憩時間中にその感動を馬場院長に御伝えしたところ、院長なりの深遠な考えがあってこのような形式にしたとのこと。
院長としての職員の方々への愛とマネジメント意識の高さを感じました。

また、説明いただく途中、随所で参加者から頻繁に質問の手が挙がっていたのが印象的でした。

さて、肝心の説明は、少年院の概要から、入院している少年の状況から始まりました。現在新潟少年学院では、比較的高年齢の未成年が約50名ほど生活しているとのことです。

出所することになった原因としては、財産犯が半分くらい。
また、近年の特徴としては、性犯が増加傾向(H30年でいえば11%、例年は3%程度)にあること、そして、暴走行為由来のケースが顕著に減少している事が挙げられるということでした。

暴走族の話では、新潟少年学院には、過去に暴走族の総長も入院したことがあるそうで、総長になるくらいなので、さぞ筋金入りの少年かと思いきや、なった理由は「じゃんけんでまけたから」「先輩に押し付けられた」という理由だったというリアルなエピソードもご紹介いただきました。こういう笑いのエピソードが準備されてるあたり、相当ネタの研鑽があったのではないかと推察されます・・・w

1年弱の期間を少年院で過ごした後の帰住先は両親および親族のところがほとんど。
保護施設に入る少年は全体の5%だそうです。
保護施設では、両親がいなかったり、両親が引き受けを拒否する少年を受け入れることができます。
しかしながら、保護施設は、刑務所出所者も受け入れている関係もあり、スムーズに一か所で決まるとういことは稀だそうです。
また、誰でもOKというわけではない(薬物や性非行が入っていると受け入れが困難になるという現実もある)ようです。

少年院を出院した後について、親元に帰れていいじゃないかという話も出ますが、実際には両親の元に帰るのが本当にいいのか、という葛藤が生じる場合もあるようです。
それは、「地元に帰る=非行していた環境に戻る」ことを意味するケースが少なくないからだそうです。
少年につらくあたってしまう両親の元で生活したり、悪友のネットワークが広がる地域に戻ることで、せっかく少年院で培われた前向きな気持ちが入院前に戻ってしまうということもあるようで、帰住先がスムーズに決まることが、必ずしも更生につながるわけではないようです。

こういった話をうかがう中で、少年院を外から眺める目線と、現場から見る目線とでは、見える景色がやはり違うということを実感しました。
少年院法改正以降、「開かれた少年院」というスローガンのもと、少年院では、施設の透明性を高め、より地域や外部事業者との連携を強化していこうとしています。
その一方で、地域や民間事業者の側も、何か協働できることがあるのではないか、という姿勢で少年院と関わりを持とうとしています。

とはいえ、まだ連携の在り方を模索する活動は始まったばかりですし、外部事業者がどのように関わっていけるのか、少数の先行事例があるほかは、試行錯誤の時期が必要なのかな、というのが実感です。

さて、施設についての紹介をいただいた後は、少年院施設の見学もさせていただきました。
今回はValueBooks社の本の清掃作業の見学と体験をさせてもらったのが特に印象に残りました。個人的には、本の清掃作業で、「あ、それはこういうふうにやるのです」とツッコミを少年からいただいたのがグッときました。

体験と並行して、体育館でVB社の社員の方が少年たちから質問を受けているところも拝見することができました。
その場で少年たちからたくさんの質問の手が挙がっていたのが、歯に衣着せぬ言い方をすれば、意外でした。正直なところ、普通の学校にいる子たちよりもたくさんの手が挙がっていたように思います。

「本を読む事でどのように成長できますか?」

「自分の好きなことで働くというのはどのような感じですか?」

と質問する少年の質問からは、彼らの中にある少年本来のまなざしが込められているような気がしました。
それに対するVB社の社員の方の受けごたえにも真剣に聞き入っている姿を後ろから見て、ちょっとえも言えぬ感情が込み上がってきました。

こういうシーンを目にするにつけ、少年院で生活をする彼等と、施設の外で生活する少年の本質的な違いって何なのだろう、と改めて強く感じます。

子どもにとって自分の親と生まれ育った環境は選べない。
所与に与えられるそれらの要素によって、彼等のその後の生き方は大きく分岐していくのが現実です。

それを自己責任とはとても言えない気がするんですよね。
社会として、全ての少年に等しく成長する機会、自立的に社会で生活していくための環境を用意することは社会の責任なのではないかと思うわけです。

そのためにできることはたくさんあるけれど、少年院という施設に関わったご縁を持ったからには、少年院で生活する少年、その少年たちを見守る職員の方々の支えになるような活動をしたいと思います。

以下、説明の時に交わされた質問と回答内容のラフメモ

※質疑応答の内容をその場で打ち込んでいるので誤字脱字が多いのはご容赦ください。あと、言っている言葉をそのまま打ち込んでいるわけでもない点もご理解いただければありがたいです・・・粗くてすいません・・・


Q再犯率の高さ(40%)に対する現場の考え
A全国を均しすると40%という数値があるが、新潟はそれほど高くないという認識を持っている。
再犯のケースでは、2年以内の再犯が多い。少年院としては2年以内の再犯率を20%以下にしたい。2年間社会で定着して生活できれば再犯率は大きく減少すると言われているため。
A 40%というのは全ての犯罪で再犯者がやっている犯罪の率がそのくらい、という話。 少年院という切り口での再犯率は11%くらい。再犯防止の数値目標として、2年以内の再犯率を2割減らすことが掲げられている。

Q少年院がオープンな環境になり、いろいろな刺激を少年が受けるようになると、彼らがなりたい仕事も多様化するのではないかと思うが、建設業以外の希望職種はあるか?
A美容師に行きたいニーズもあれば、大学進学を目指して起業したいという人もいる。 マッチしていないところはあるという認識は持っている。
学業に注力したいという場合には高卒認定試験をまず推奨することになるが、家庭からの経済的支援などを受けられないために公認試験を頑張って合格してもその先が見えないという課題がある。
奨学金制度はあるが、そこから簡単にお金を借りれないという現実もある。少年院としても安易にお金を借りるということを勧められないという側面はある。どこかに就職して5年、10年務めておカネをためるということが現実的な着地点。
勉強に苦手意識を持っている子は多い。指導として頑張れば克服できると伝えているが、それでもなかなか難しい子もいる。そういう子は建設業でやっていく、という覚悟を決める子もいる。
現場も1年しか見られないので、軽々しく様々な可能性に向かってサポートしていくことは難しい
少年が目標を持ち始めた、関心を持ち始めたということを保護司や保護観察所や協力雇用主と共有して、新しい環境でどうすればいいのかを一緒に考えていくことが重要なのではないかと思う
職業指導のうち、溶接は資格につながるので、それをつかって就職していくというのはあるが、陶芸や木工は直接的に就職に結びつくわけではない。しかし、手順に従ってコツコツやる、という基本姿勢や心構えを養うことが重要だと思っている
社会復帰のための指導という面ではキャリアカウンセラーが定期的に指導をしている。
土方しか道がないという子もいれば、将来IT関係で起業する、という少年もいる。
夢が大きいのは問題ないが、出院後に生活を安定させるための生活設計をどうするか、という軌道修正、微調整はキャリアカウンセラーが個々にやってくれている。
頭がいいけど高校行かないという子が、キャリアカウンセラーの話をきいて大学進学のために勉強し始める子もいる。
職業指導とキャリアカウンセラーのサポートを組み合わせてキャリアデザインを支援している。

Q出院後に希望する職や学校が決まっていない人はどういう特徴があるか、傾向はあるのか。たとえばおれおれ詐欺で大儲けしちゃうと難しいなどの傾向はあるのか
A就学については、出るタイミングと学校に入る時期的なタイミングが噛み合わないケースが結構ある。
もともと居た学校を休学していればその学校に戻れるが、出てから次の4月に向けて試験を受けて進学する場合には、空白の期間が発生する。希望して次年度にいけるように頑張る子も一定数含まれる。
就労「希望」のケースについては、本人希望と親の考え方の齟齬が埋まらないケースなどがある。親は土建関係だと業態的に良くないのではないか、という考えを強く持っている場合、すり合わせるための指導はするものの、決まらないまま出院、というケースも多い。
就労希望して面接の手前で出院というケースもある。保護者との意見の齟齬、タイミングという形で数値的にはこのような数値が出てくるというのが実情
金銭感覚的な部分で言えば、悪いことをしてお金を稼いだ経験(一瞬で数十万、数百万)をしていると、一か月はたらいて15万円、ばからしいという反応をしめす子も多いのが実情である。一般的な金銭感覚を教えていかないと健全な就労意識に向かないというのは感覚的にはある。
一方で、特殊詐欺に関わる子は聞き分けがいい子が多い。H27年度は「すうっと(?)」いっちゃうよね、という現場意識があり、それでよいのか、ということで特別プログラムを用意した。その中で、金銭感覚を養う指導を盛り込んでいる。
プログラムの成果として、リスクを冒して大金を稼ぐよりも、地道に働いて年間このくらい稼げるという正確な認識が養われるということがあるのではないか。

Q財産犯が4割を超えるということで、一見家庭の経済状況や暮らし向きが犯罪に影響を及ぼしているのではないかと考えがちだが、実際には、少年とコミュニケーションを取る中で見いだされる他の要因はあるか?
A詐欺のオリジナルプログラムを作成して指導している。新潟ではグループワークを導入し、7~8人で本音を引き出すという事をやっている。
結局、この種の行為に手を出す少年は、18歳、19歳が非常に多いが、友達が高校に進学した時に、自分は何にもない、特殊詐欺を「仕事」だと表現している。対外的には「仕事」をしている気持ち。いつまでもやるつもりはないが、友達からは「仕事」といえる。
親にはお金はあるのか、という質問に足して、「まあそれなりにあるよ」と繕うためにしているという側面もある。
ある意味で外面も保たれるというところがある。周りが働いているのに自分は金がないのはナー、金があると、周囲と付き合える、というインセンティブ。
受け子はリスクが高いけど、現金がすぐもらえるということで、ある意味選んでやっている側面もあり、大人が「受け子はやらされている」という認識で相対することが間違いという部分もある。
A全国的な傾向でいえば、財産犯に限らず、いわゆるシングルマザーの世帯の少年の割合が高い傾向がうかがわれる。
相対的な貧困の状況にある少年が、親に迷惑をかけず、かつ、周囲とつきあっていくために、犯罪行為をするということはあるかもしれない。

Q日本・イスラエル・アフリカで起業支援をしている。
就職先がないなら自ら起業するということもありなのではないか。
起業支援プログラムを提供したいと思ったときに、どのようにすればできるのか。
Aプログラムは頻度、期間などによって実現可能性は変わる。
希望者がいて、通信教育的な形であれば、導入は可能。
プログラムを施設内で広くやるとなると、各少年院で定めている教育課程との整合性の話になる。少年院全体でやるとなると、法務省との折衝となる。
A少年院は学校ということで、カリキュラムをがっつり入れている。学習指導要領を変えるという話になるので大きな話になる。
A地域の起業家にきてもらって講演というのもやっている。

Q少年院から出て2年間の間で生活に定着していくために必要なものは何か
A親子関係は重要。親との仲が良くないと繋がってこない。あとは交友関係。
出院したところでひっかかるのは不良交友。これがあるとそれが引き金になってしまう。仕事も続かないし、再犯につながってしまうという相談もある。
A帰住地が無い子も多い。職業と住まいが必要。
更生保護施設は職業をあっせんしてくれないので、仕事がすぐに見つからない。
就労先を確保できて身元引受人になってくれるのが重要。引受先があっても保護観察所の調査で、すぐ逃げてしまうという評価のところで折り合いがつかないということもある。求人票がたくさん届いて少年に見せるのだが、求人票をみせて魅力を感じるところってあまりないのが実情。ただ求人票を見て、そこに行こうとは思わない。視覚的に訴えて見られるような仕組みがあれば。
A地元にしがらみがある少年は地元に帰らない方がよい。一番いいのは親が引っ越してくれることだが、それはなかなか難しい。
再犯する少年をみていると、手を染める寸前に駆け込めるような場所があると良いのではないかと思う。出所後に警察署の地域安全課とつながりを作るような仕組みがあっても良いのではないか。
A少年院出院後に電話してくれてもいいし、面会も可能。思いとどまってやばいというときにかけてくれる電話が大事
A出院時に思うことは孤独と不安。院にいるときは職員もいるし、自己効力感もあるが、いざ出ると「自分には何もない」という気持ちになり、不安になるという少年がかなり多い。保護観察官は全国に1500人、保護司はボランティアで5万人。毎年2万人+2千人が保護するというのは現実的ではない。子どもたちが帰る先の地域の受け入れる仕組みづくりが重要

QValubooks社の社員に質問している風景が印象的だった。どういうふうに質問することをエンカレッジしているのか
A普段の日課の中で意見を言う場がある。グループワークもやっている。そういった機会で発言する場を作っている。詐欺以外にも非行内容別に集団指導をしている。
自分の意見を表明し、日との意見を聴くということをやっている。仕事については関心が高い。採用や給与についてはニーズがあるので手が挙がっている印象。

Q少年たちは見学ツアーをどのように捉えているのか
A職員からの説明としては「親や保護司以外の大人が何か手助けできないか、という人が多く見学にきている」ということをそのまま伝えている。少年からの感想は聞いていないが、白い目で見ている人はいないと思う。その意味では心強く感じているのではないか。
A立ち直りや支援を真剣に考えている人が来ているというところで納得できているが、単純に興味関心で来ているようであればやはり反感を持たれる。

Q見学対応の負担をかけているのではないか
A現場レベルでの負担感は全く感じていない。生徒も本音のレベルで感じていない。社会復帰に繋がる部分がある、ということを伝える、彼ら自身が示すチャンスでもあるということを伝えている。むしろありがたいという思いしかない。
A去年も参加した身分としては、視野が広がった。いろいろな業種と話すことができた。同じ環境で勤務すると視野が狭くなってしまうので、こういう考えがあるのか、というのを触れる場があるのはありがたいことだと思う。職員に対する刺激として有用。刺激を受けた職員が指導をするので、少年にその刺激がフィードバックされるので、規模的には小さくないが、対費用効果で言うとメリットがあるように感じている。
Aロジ的な忙しさはあるが、自分達が何をしているのかをしってもらうことが、理解者を増やし、ひいては少年が社会に変えるときに受け入れてくれる素地をつくることに寄与していると確信している。草の根運動に近いが、発信力の高い個人がお集りなので期待している。少年院としても広報という業務として捉えている。いい刺激を受けている。

Q子ども自身の学びの自由度がどれだけあるのか。個々人の興味関心に応じた機会をどれだけ提供できるのか。
A日課の隙間で自分のやりたい勉強ができるのは余暇時間、その時間内であれば本人が希望して差し入れを活用して勉強することは可能
Aインターネット環境は非常に制限が強いのが実情。大量の個人情報が入っており、万が一でもそれが流出していると大変なことになる。新潟学院でも2台しかない。
多摩少年院ではNHK学園のコンテンツのみを閲覧できるという取り組みを始めている。

法務省矯正局山本企画官
少年院は激動の時代を迎えている。少子化により少年院に入ってくる少年が少なくなってきている。法律改正の流れもある。法制審議会で議論をしているが、結果は不透明。
今日本をきれいにしていた少年はほとんどが18歳から19歳。かれらが刑務所にいくのがよいのか、少年院にいくのがいいのかを考えてほしい。

叡智次長
若年者の就労は今後も大事なテーマ。少年院も再犯防止の観点から活動していきたい。
今年から地元の高校生を呼んで、少年期の教育プログラムを紹介している。応募が少ない。若年者の認知も低く、良くないというのが実情なのだろうと思っている。

・・・と、ここまでその場で打ち込んだ内容を書き連ねてきて思うことは、職員の方々ではヒーローではないけれど、支え手としてのリスペクトを持つことは至極妥当な姿勢なのではないか、ということでした。

その弐も近々書きます・・・!

子どもの権利条例と豊島区

豊島区が複数の子ども・若者に関わる計画を統合した「(仮称)子ども・若者総合計画」の策定支援をCo-Work-Aとして受託している関係で、 本日は豊島区の豊島区の子どもの権利委員会に出席しています。

豊島区は、2006年に子どもの権利に関する条例を独自に制定しているんですね。
子どもの権利に関わる条例は、子どもの権利条約総合研究所によれば、全国の自治体で制定しているのは44自治体(2016年時点)。
そして、豊島区の条例制定は、全国の自治体の中で9番目(東京都内では目黒区に次いで2番目)ということで、かなり早期に子どもの権利に関わる条例を制定されたことになります。

子どもの権利が危ぶまれているというメディア報道などもしばしば目にする昨今ですが、自治体として子ども・若者の権利を守っていくという取り組みを本腰入れて展開していくという流れの中で、子どもの権利に関わる条例の制定を進めていく、というのも一つの方法なのではないかと思う次第です。

もっとも、条例となると、市民の権利を制限し、義務を課すことにもつながりますし、「条例案の作成・提出→審議→公布」というプロセスを経る必要もあるということで、かなり”力のいる”アクションになります。
条例を制定したからには具体的な事業を組成し展開していくことも求められるので、自治体にとっては覚悟も必要なわけですが、実効性のある活動を行っていく上では有効な選択肢になりうるのではないでしょうか。

豊島区の権利条例は、同じ東京都内の世田谷区の「子ども条例」と比較すると、推進計画の内容をディテールの部分にまで言及する(豊島区計画第7章第30条)など、計画・実行面への配慮のある計画であることが一つの特徴だと思います。

総合計画は、ともすれば総花的で抽象度の高いものになりがちなので、アクションに結びつく部分を条例内で言及して担保しておくことが非常に重要なのではないでしょうか。

コレクティブインパクト型プロジェクトの事例研究~若者の就労マッチングを目指した若者UPプロジェクトのレポート公開~

HBR2月号のタイトルにもなった「コレクティブインパクト」

社会的課題に対して、立場の異なるプレイヤーがボランティアという形ではなく、責任をもって結果にコミットすることで、社会的課題の解決を目指す新しい協働の形

既存文献の中では、海外の事例が引き合いに出されていますが、事業規模や期間のばらつきはあれど、日本国内にもいくつか事例があります。

先月品川のマイクロソフト本社で紹介された「若者UPプロジェクト」もその一つ。

困難を抱える若者が、基本的なITスキルを習得し、円滑な就労に移行することを目指して、
民間企業x民間のNPOx行政
というプレイヤーがそれぞれが強みを発揮できる形で参画し、2010年から2017年まで大きな成果を挙げてきました。

さらに、2018年度からは、その成果と手法が認められ、厚生労働省の政策としてスケールアウトし、今では全国の若者向けの就労支援施設であるサポートステーション(通称サポステ)等で利用可能な制度として定着しています。

ありがたいことに、この取り組みについて当事者の方々にインタビューし、既存論文のフレームを活用しながら若者UPの成功要因について分析したレポートを執筆させていただく機会をいただきました。

社会的課題は、単一の組織で取り組んでも成果を挙げるのが難しく、時間もかかります。一方で、多様なプレイヤーの協働による取り組みは、理想的ではありますが、その分意思疎通やコンセンサスの形成、中長期的な関わりが大事になってきます。

若者UPというプロジェクトを取り上げながら、現場の当事者の考えや動きも織り交ぜてリアリティも残しながら紹介しています。社会的課題の解決を目指す多くの方々の参考になれば幸いです。

若年無業経験者の規模感を線的に把握することで見えてくるもの

育て上げネットでは様々な統計データ等を用いながら、子ども・若者の置かれた状況に関する分析や考察を継続的に行っています。

子ども・若者領域のNPOとして、ここまで精緻な分析を行っている事業者は、他にはちょっといないんじゃないかな。

ともすれば定性的な成果が掲げられがちなこの業界において、育て上げネットのように、定量的な把握を重視する姿勢というのは、非常に稀有だし、重要な取り組みだと思います。

さて、最新のリリースで提示されたのが、若年無業者の人数。

このリリースの特徴は、ある時点での若年無業者の人数という「点」としてのデータだけでなく、一定期間中に若年無業状態にあった若者の人数(概念としては述べ人数に近い)を推算しているところにあると思います。

2019年2月1日に発表された「労働力調査(基本集計) 平成30年(2018年)平均(速報)結果」をベースにして、

  • 15歳~39歳
  • 非労働力人口(就業者、完全失業者以外)のうち、家事も通学もしていない

という条件に合致する人を抽出したところ、71万人という分析結果が得られた、というのが、2018年12月31日時点で若年無業者だった人数という「点」としての示唆。

そこから、労働力調査が同世帯に対して2か月連続でやっているということを利用して、まずは15~34歳の若年無業経験者数を推計し、それを15~39歳まで引き延ばしたところ、年間で若年無業状態を経験した人は180万人程度いるのではないか、という結果を提示している。

もっとも、この180万人の中には、複数回、若年無業と非無業の状態を行き来している人が含まれている可能性があるので、正確に言うと、延べ人数ということになるが、それでも、71万人という数値と180万人という数値とでは持つ意味も、規模感も全く異なってくる。

平均して2%が若年無業状態であり
年間を通じて5%が若年無業状態を経験している

という2つのデータをセットで認識しておくと、若者の実情のより良い理解につながるのではないだろうか。

闇の中にはヒカリがあり、光の周りには壁がある。

荻上チキ氏の『彼女たちの売春(ワリキリ)』読了

「売春」と書いて、『ワリキリ』と読むそうだ。

心と身体ではなく、おカネとカラダという割り切った関係だから、ワリのいい、キリのいい関係だから、そういうことらしい。

彼女たちはワリキリという行為を自分で選択したことは確かだ。
でもその仕事を強要されたという文脈でやると決めたり、貧困状態や障がいを持った状態でやむにやまれず決断したという経緯の場合、それを自己責任と言い切るのはあまりに粗暴な言い分なのではないかと思う。

でも、それを粗暴と言い切るためには、この国にはあまりにもデータが少なすぎる。そういった領域からは目を背けたいという気持ち、経済的な豊かさを背景にして、そのような仕事が選ばれることはないだろうという自分の立場中心的な見方などがある。
さらに、仮に政府の統計によるデータがあったとして、それが本当に確からしいのか、という話も最近は出てきてしまうのが残念なところでもあります。

『売春はいつも、個人の心の問題などに還元されてきた。政治や社会の問題として語られるときは、包摂ではなく排除の対象として、セーフティネットではなくスティグマ(烙印)が必要な対象として、生命や人権の問題としてではなく風紀や道徳の問題として、売春は受け止められ続けてきた。』

と荻上氏は述べている。そして、そのような言説は、

『これらは凡庸で退屈な、無慈悲さに無自覚なクリシェ(常套句)である』

と切り捨ててもいる。
そこまで喝破できるのは、同氏が地道なフィールドワークを通じて、何百人もの女性や出会い喫茶の経営者へのインタビューを積み重ねてきたからだ。

3~4割は何らかの経済的理由で困窮
3割は何らかの病気や障害を抱えている
3割はDVや虐待の経験がある
2割が中卒、高校中退・高卒6割
友人・知人の紹介が約6割
1日に1万件以上のワリキリが成立
月に1度以上の頻度でワリキリを行う女性が、少なくとも10万人前後は存在していると考えられる

3割は何らかの病気や障害を抱えている
3割はDVや虐待の経験がある
2割が中卒、高校中退・高卒6割
友人・知人の紹介が約6割
1日に1万件以上のワリキリが成立
月に1度以上の頻度でワリキリを行う女性が、少なくとも10万人前後は存在していると考えられる

「風俗」「出会い喫茶」という言葉の裏に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた、ほとんどの人が直面したくないデータが、荻上氏の取材の中で、次々に浮き上がってくる。

そして、

『虐待や暴力を受け続けた彼女たちが、NPOや行政などに頼ったことがあるという話はほとんど聞いたことが無い。』

という支援サイドにとっては耳の痛い当事者の発言。
本当に支援を必要としている当事者には、支援がなかなか届かないという支援者サイドの声はこれまで何度も聞いてきた。それを改めて需要者サイドの言葉として聞かされると、需給のミスマッチの存在が、双方の発言から繋がってRealizeされる。

『家の無い者は生活保護を受けられない、というウワサ
生活保護を申請したら家族に連絡されて捕まる、という恐怖
売春は違法だから捕まって刑務所に入れられる、という思い込み
名前は聞いたことがあるけれど、どこに行けばいいのか、どんなものなのかも知らない』、という未接続状状態

サービス提供者側のリーチの拙さ、初動の遅さといった当事者から見たときの障壁の多さを衝いて、困難に直面した女性にアプローチしていくのは様々な風俗サービスやいわゆるカタギではないビジネスマン達。
多くの支援は、戦術面でそういった産業・ビジネスに圧倒的に劣後しているのが実情だったりします。

一方で難しいのは、そういったダークな産業・ビジネスの「黒さ」にも濃淡があるということでもある。後段で紹介される難波の出会い喫茶発祥の店の店長は、自分が始めた業態を次のように語る。

『女の子も、誰も好きでこんな世界に来るわけじゃないですやん。やっぱりお金がないから来るわけでしょう。あれもこれも辛抱せえ言われても、お金がなければ、自然の流れで売春っていう方法しかないですやん。そういう子だけやなくても、ただ人とうまう調和できないとか、理由があって朝起きられないとか、社会に順応でけへん子たちが働くところがあってもいいんちがうやろうか。』

ちなみにこの店長も、親に育児放棄されて農家の養子になり、カタギではない世界に身を投じた後に大病を患い、一時期は西成でホームレスをしていたという人である。

そしてそんな身の上の人から新規事業創出のための真言が飛び出してくるから事態は余計に複雑になるのである。。。
『発案した人間の魂っちゅうのがあるんですよ。魂っていうのは、コンセプトを言うんですけど。絶対に金を追いかけるな。人を追いかけろと僕は店員によく言うんです。』
この発言だけ切り出したら完全に新規事業創出セミナーとかで誰か言ってそう。でも、出てきたのは出会い喫茶という一風俗サービス形態だったりするわけです。技術とアウトプットは分けて考えなければいけないという誰かの発言を思い出しました。。。

荻上氏は、この創案者のインタビューパートの後に次のように書いている。

『批判として可能であることと、その批判が代案を用意してくれるかというのは別問題だ。』

出会い喫茶創出者は、彼の半生と反省を込めて、彼なりにできるパッチを充てた。
それは単純に風俗産業を糾弾して終わり、そこで働く人を批判して終わり、という人と比べてどう捉えればよいのだろうか。
来てくれればいい支援なんだ、更生できるんだ、と構えてるんだけど「Twitterはちょっと・・・、SNSは使い方が・・・」とか「まずは来所してもらってから・・・」とか言っている支援と比べてどうか。

そこには貧困状態から脱却できたかどうか、社会的な孤立は解消されたのか、不幸にも家族から向けられる暴力などから逃げられているのか、などなど色々な観点がある。たぶんどの物差しを手に取ったとしても、どれ一つとして満点回答が得られる対応ではないだろう。相対的に、ソレが少しだけ点数が高いというだけだと思う。

ひきこもりやニート、若年無業という問題、そして女性の貧困や困難という問題に固着しやすい売春という問題も、単一の組織、特定のサービスで解決するものではなく、教育機会の提供、家族の支援、就労先の多様性の担保とアクセス向上、貧困対策などなど多様な領域での支援を組み合わせてシステム的に解決することが重要ではないでしょうか

一部の支援者の方々にとっては、いまさら感のある話なのかもしれませんが、それを数値的なデータで裏付けようとされている点で意味があると思うし、そうじゃない人にとっても、当事者のリアリティを感じられる一冊だと思う。おススメ。

支援は重く、会議は軽く

愛知県あま市・大治町の子ども・若者支援地域協議会の実務者会議にお招きいただき、お邪魔してきました。

あま市と大治町は名古屋市の西側にある自治体で、人口あわせて12万人くらいのエリアです。名古屋市街まで電車で10分(電車を使う人あまりいないらしいですが)程度ということもあり、住宅地の広がるベッドタウンという印象です。

あま市はもともとは甚目寺町、美和町、七宝町の3つの町だったのが、2010年に合併して市になったところだそうです。最後ということもあり、合併してからまだ10年経ってない。

大治町はあま市と地理的にもこれまでの経緯としても非常に近い位置にあったわけですが、名古屋市とも隣接しているということで、どちらと合併するか駆け引きがあったようです。で、今のところは町として残っているという状況のようです。

政治的な力学はどうあれ、二つの市町に住んでいる方同士、関係は当然深いと思うんですよね。

とくに、子ども・若者に関することでいえば、大治町には小学校・中学校はあるけれど、高校はないんですよね。一方のあま市には公立の高校が2校ある。

だから、大治町に住んでいる高校生があま市の高校に通うことだってあるわけです。で、その高校生が不登校状態になってしまったときに、市町が違うから情報共有や支援のアクションができないことも起こりうる。市町が異なるから、情報の共有が進まないのは、支援する際の大きな機会損失になりえるんですよね。

そういうことで、あま市・大治町は2市町合同での協議会を設置することを決めています。広域連合による協議会の運営の事例はまだまだ一握りですが、小さな自治体が集まっているような場合には、このような形態での運営が現実的なのではないかな、と思います。

協議会の構造は代表者会議と実務者会議の2層構造で、実務者会議は年4回実施することを想定しています。本年度は協議会の立ち上げが下期だったこともあり、代表者会議1回、実務者会議2回の開催を想定しているとのことでした。

今回は、その実務者会議の1回目ということで、参加機関の自己紹介と役割の理解、というのが目的でした。

会場には30人ほどの参加者がいらっしゃってましたが、参画機関のラインナップとして、近隣市町村のNPOやサポステの運営団体といった、あま市・大治町以外のエリアの民間の支援団体も参加しているのが特徴です

協議会のメンバーを、市町村の中の支援団体だけで統一する必要は実はありません。必要な機能を持った参画機関が近隣エリアで活動しているのであれば、そういった機関と連携することに、特に問題はありません。重要なのは、協議会がやろうとしていることに対する共感性があるかどうか、というところだと思います。

そんなメンバーの皆様の多くが自己紹介の中で、他の支援機関がどのような活動をしているのか興味がある、繋がれるところがあればつながっていきたい、相談したい、と連携に前向きな姿勢を持っていらっしゃったのが印象的でした。

比較的自己紹介で皆さんしっかり情報発信をされていたので、支援内容について共有することを目的としたワークショップを急遽、「今後やってみたいこと、自分のところだけではやれないこと」に変えてグループワークをすることにしました。

各グループのディスカッション内容を聞いていると、年齢による支援の切れ目というものが各機関で課題として認識されているようでした。

小学校に入るまで(~6歳)、義務教育まで(~15歳)といったところで、行政のできる/できないは明確に分かれてしまいます。

ここからはうちでは担当できないので、と手を放してしまえば当事者は途方に暮れるしかない。

そのようなときに、支援機関同士、活動に”重なり”を持っていければよいのではないか、という建設的な意見も出てきて、会は良い雰囲気の中で無事に終了しました。

大治町の担当者の方が、「支援は重く、会議は軽くやりたい」ということを最後におっしゃっていました。

現場で支援をされている方も、いろいろな苦労や困難に直面している中で、協議会がそういった悩みを共有したり一緒に考えられる場になればいいのではないか。前向きに新しい取り組みに挑戦できるような雰囲気の会議にしていきたいんです、という意見でした。

かたちにこだわって、予定調和な議題をこなすような会議は、参加者にとって気が重いものです。そのような要素はなくして、本当に参加者のためになるようなコンテンツを議題にすることが協議会を中長期的に運営していくときの大事なポイントだと私も思います。

あま市・大治町の協議会はまだまだ立ち上げたばかりですが、まずは良いスタートを切ったのではないかなと思います。

ひきこもりと孤立


私自身が当事者経験を持っており、就職してからもどういう縁か子ども・若者支援に関わる業務をずっと担当しているのですが、その過程で精神科医の斎藤環先生の著作には何度もお世話になっている。

本作も何度目に紐解いたことかわからないけれど、今回もこれまでとは違った示唆があり、勉強になりました

昨年、様々な地域の支援活動のお手伝いをさせていただきながら感じたのは、「ひきこもり」という状態は「当事者あるいはそのご家族の孤独」という状態とかなり密接に結びついているな、ということでした。

当事者を中心に据えると、彼・彼女は家族とも、会社や学校とも、地域社会ともつながっていないことが多いし

また、家族も表面上は毎日仕事をし、買い物をしに街に出ているとしても、当事者との間に抱えている問題を家の外に出すことにためらいを持っているという意味で、孤立している。

そんな孤立した状態からひきこもり状態になってしまう。

孤立ゆえに事態がさらに悪化するという悪循環にはまってしまい、問題が長期化してしまう、というケースがかなり多いように感じます。

いやしかし、この「孤立」というやつ。かなり手ごわい存在です。

若者支援の絡みで福祉領域の方々とお話していると、ひきこもりに限らず、「孤立」という状態は、大きくとらえれば孤独死や自殺、虐待といった事柄にもつながりうるトリガーにもなっているというハナシがたくさん出てきます。

孤立によって困難に直面している人、という意味では若者も大人も、高齢者もみーんな含まれる。

人間は社会的な動物だと言われますが、そんな人間にとって「孤立」というのは、本当に大きな影響を与える要因なんですよね。

話をひきこもりに戻すと、斎藤先生の本著作では、当事者のひきこもり状態を解消するためには、ご家族からのアプローチが非常に重要というお話をされています。

その時の対応の仕方としては、当事者の立場に配慮しながら、傾聴をベースに論理と感情のバランスを取り、地道にコミュニケーションチャネルを開いて太くしていく、というのが初手

当事者に様々な欲望が生まれてきたら、様々な支援機関と連携して社会との接点を作っていく、というが次の手

ということで、最初に家族の中の環境を整えることが重要、というご指摘は本当にその通りだな、と思う反面

支援の現場としては、そんな家族をどのように発見して、どのようにアプローチしていくのか、ということを考えるのが大きな課題になっているのも事実です。

孤立したご家族の社会との接点は何かを把握したうえで、接点になりうる機会を載せて流していく

そこで繋がったら徐々に家族環境を改善するための働きかけを提案していく

当事者およびそのご家族の状況を理解した上で打ち手を構築していくと、当然ながら自治体ごとにその仕組みは異なってくる。そこを行政の方がNPOや地域の支援リソースのプレイヤーと構築していけるかがとても大事です。

今の政策・制度の枠組みだと、孤立によって個人が直面する問題を、年齢層別に対応するという感じになっているけれど、いっそのこと「孤立防止・解消システム」として孤立した家庭をマルっとサポートしていけるようにシステムを変えてしまった方が効果的なのかもしれません。

もっとも、システムをがらりと変えても、そのシステムを活用するのは人なわけで、その人自身に様々なプレイヤーとの調整を図り、ゼロベースで支援の仕組みをデザインしていく能力がないと効果的な支援を実現するのはなかなか難しい。

そういう意味では支援者自身も変わらなければならないというのもあります。

本書は、支援者、特に異動したてで知識ゼロの行政職の方が、まず最初に支援の実務について理解するときなどに、とても参照性の高い一冊なのではないでしょうか。

自立支援と当事者の幸福

少し前の論文ですが、神戸大学社会システムイノベーションセンターの西村和雄特命教授と同志社大学経済学研究科の八木匡教授が2018年9月に発表した「幸福感と自己決定―日本における実証研究」を読んでいます。

この研究結果の中で、個人が幸福感を感じる要素として、健康、人間関係の次に、所得や学歴ではなく「自己決定」が強い影響を与える、という点がとても興味深い。

というのも、子ども・若者支援が目指す”当事者の自立(ほぼほぼイコール自己決定できること)”という状態が、単純に社会の中で生活していける、という意味以上に、本人の幸せにもつながるという、よりポジティブな結果に結びつく可能性が、この調査結果で示されているからです。

調査の中で、自己決定は、学校選択や進学時の意思決定や就職先の決定といった、人生の中でも比較的重要なタイミングの決断を自分でしたかどうか、という観点で質問されています。そして、それを自分で決めたと回答した回答者の方が、幸福感が高いという結果が示されています。また、その影響の強さは、学歴や経済力の指標である世帯年収額よりも大きいことが示されています。

主観的幸福感を決定する因子の重要度(標準化係数)

学歴が幸福感に対してそれほど強い影響を与えない、というのは感覚的にもわかるのですが、経済的な豊かさと比べても自己決定経験の方が影響が強いという点に驚きを感じます。論文の中では、自己決定が幸福感に与える影響について次のように説明されています。

幸福感を決定する要因としては、健康、人間関係に次ぐ変数としては、所得、学歴よりも自己決定 が強い影響を与えることが分かった。自分で人生の選択をすることで、選択する行動への動機付けが高まる。そして満足度も高まる。そのことが幸福感を高めることにつながっているであろう。

簡単に言えば、自分で決めたことなので、自分事として捉えられる。自分事として捉えられるから、決めたことが思い通りに運んだり、うまくいったりするとリアルに嬉しいと、そういうことなんだと思います。

この指摘は、子ども・若者支援の文脈においても、非常に重要な示唆を提供してくれているような気がします。

というのも、「自分で自己決定できる」ということは、子ども・若者支援の目標である「当事者の自立」という状態に近いからです。

自立という言葉の定義については、厚労省が2004年の社会保障審議会の中で以下のように説明しています。

「自立」とは、「他の援助を受けずに自分の力で身を立てること」の意味であるが、福祉分野では、人権意識の高まりやノーマライゼーションの思想の普及を背景として、「自己決定に基づいて主体的な生活を営むこと」、「障害を持っていてもその能力を活用して社会活動に参加すること」の意味としても用いられている。

とくに、上記の太字にしたところ、「自己決定に基づいて主体的な生活を営むこと」という部分に、ずばり自己決定という言葉が入っています。

つまり、「個人が自分の身の振り方を自分で決める。その結果が成功であれ、失敗であれ、自分事として受け止める。」そのような姿勢が自立した状態ということなのだと思います。

そして、論文では、そのような自立した状態で日々を送ることが、「意思決定の内容を自分事として捉え、手触り感のある成功体験が満足感を生む」という形で幸福感を醸成していくということを示唆しています。

自立支援により、当事者が自立した状態に到達するのみならず、当事者が幸福に生きていくことにもつながっている。

子ども・若者支援に携わる支援者の方々にとって、自立支援が当事者の幸せにもつながりうる、ということが科学的な調査の結果として示されたのは、とても心強いものなのではないかと思います。