『日本酒の人-仕事と人生-』読了。どんだけ日本酒好きなんだよ、と思われそうですが、そんだけの魅力が日本酒という飲み物にはあるような気がするんですよね。。。
この本で紹介されているのは
飛露喜(廣木酒造/福島県)
天青(熊澤酒造/神奈川県)
白隠正宗(高嶋酒造/静岡県)
若波(若波酒造/福岡県)
天の戸(浅舞酒造/秋田県)
の5つの銘柄・酒蔵。内容は各蔵の杜氏のインタビュー。
ある人は蔵元を継いで社長兼当時としてやっておられたり、ある人は、脱サラしてゼロベースで酒造りに挑戦していたりと、背景は様々ですが、どの方もこれまでの酒蔵の伝統を受け継ぎつつも、変えるべき流れは変え、新しいことに挑戦する姿勢は共通しているように思います。
杜氏と二人三脚で蔵を切り盛りしていく蔵元の振舞いとセットで追っかけていけば、他の業種の企業の社内起業家の活動にも示唆があるんじゃないかと思います。あ、社内起業家本人だけでなく、彼等の上司の方にとってもですね(笑)
日本酒も一種の商品なわけで、それを世に送り出そうとするプロセスは、他の商品を考案して販売していくプロセスと共通するところがあるように思う。
例えば、商品のコンセプトを考えるところ。
デザイン思考の文脈では、マーケティングリサーチベースでマスからターゲットやコンセプトを導出するのではなく、むしろ「特定の一人」に焦点を絞り込んだところから商品開発を始めていくわけですが、廣木酒造の廣木健司氏は
「お嬢さんと結婚させてください」と相手のお宅へ挨拶に行くとき、お父さんへの手土産に選ばれる一本でありたい。それが自分が目指す飛露喜の存在場所であり、酒蔵としての究極の目標
と表現している。このぐらいまで銘柄のコンセプトが具体化されていると、味わい、デザイン、販売方法などもイメージが膨らみ、無駄のない仮説検証ができるのではないだろうか。
また、白隠正宗の高嶋杜氏は、お酒のコンセプトを考えるときに、人ではなく合わせる料理で語っているのも印象的でした。何にフォーカスするか、というときに無意識的に「特定の人」という風に考えてしまうところを、「特定の食材や料理」という視点でとらえているのが日本酒的だなと思う。
僕が造りたいのは、地元で造って、地元で飲まれる、本来の地酒なんです。地元で飲んでもらうためには、地元の食べ物に合うものでなければならない。地元の食文化ありきで造られたものこそが、本来の地酒だと結論付けたんです。そのためには地元の食文化を知らなければいけません。そこでいろいろ調べて行きついたのが、沼津名産のムロアジの干物なんです。
そういうシーンを思い浮かべたときにどういう味わいのお酒がいいのか、そこはもう試行錯誤の連続だと思うんですよね。しかも仕込んでから結果がでるまでだいぶ時間もかかるし、出来上がりの味が想像と違っていたとして、じゃあ複雑な工程のどこを変えれば味が変わるのか、といった検証ポイントも無数にある。場合によっては伝統的な自分の蔵のやり方を根本的に改める必要もあるのかもしれない。
そんなトライ&エラーの苦労や達成感といった話がリアルに綴られているわけですが、その姿は新しい価値を生み出そうとして苦闘するイノベーターの姿にダブるんですよね。
個人的には、そんなイノベーションが起きうる酒蔵というのが日本全国に1,000以上あるってのはすごいことだと思うし、ただでさえ美味しいそれらの銘柄が世に出るまでに、この本に書かれているようなストーリーがあることを知っていれば、お酒の味わいや、飲む時の場の盛り上がりなんかもだいぶ変わってくるんじゃないかと思うんですよね。
Appleコンピューターの最初のファンも、きっとハードの素晴らしさだけでなく、ジョブズがそれを生み出すまでの過程も込みで身銭を切ったと思う。
そこまで知ったうえで楽しむ価値が、日本酒というアイテムにはあるような気がする。