杜氏とデザイン思考

『日本酒の人-仕事と人生-』読了。どんだけ日本酒好きなんだよ、と思われそうですが、そんだけの魅力が日本酒という飲み物にはあるような気がするんですよね。。。

この本で紹介されているのは

飛露喜(廣木酒造/福島県)

天青(熊澤酒造/神奈川県)

白隠正宗(高嶋酒造/静岡県)

若波(若波酒造/福岡県)

天の戸(浅舞酒造/秋田県)

の5つの銘柄・酒蔵。内容は各蔵の杜氏のインタビュー。

ある人は蔵元を継いで社長兼当時としてやっておられたり、ある人は、脱サラしてゼロベースで酒造りに挑戦していたりと、背景は様々ですが、どの方もこれまでの酒蔵の伝統を受け継ぎつつも、変えるべき流れは変え、新しいことに挑戦する姿勢は共通しているように思います。

杜氏と二人三脚で蔵を切り盛りしていく蔵元の振舞いとセットで追っかけていけば、他の業種の企業の社内起業家の活動にも示唆があるんじゃないかと思います。あ、社内起業家本人だけでなく、彼等の上司の方にとってもですね(笑)

日本酒も一種の商品なわけで、それを世に送り出そうとするプロセスは、他の商品を考案して販売していくプロセスと共通するところがあるように思う。

例えば、商品のコンセプトを考えるところ。

デザイン思考の文脈では、マーケティングリサーチベースでマスからターゲットやコンセプトを導出するのではなく、むしろ「特定の一人」に焦点を絞り込んだところから商品開発を始めていくわけですが、廣木酒造の廣木健司氏は

「お嬢さんと結婚させてください」と相手のお宅へ挨拶に行くとき、お父さんへの手土産に選ばれる一本でありたい。それが自分が目指す飛露喜の存在場所であり、酒蔵としての究極の目標

と表現している。このぐらいまで銘柄のコンセプトが具体化されていると、味わい、デザイン、販売方法などもイメージが膨らみ、無駄のない仮説検証ができるのではないだろうか。

また、白隠正宗の高嶋杜氏は、お酒のコンセプトを考えるときに、人ではなく合わせる料理で語っているのも印象的でした。何にフォーカスするか、というときに無意識的に「特定の人」という風に考えてしまうところを、「特定の食材や料理」という視点でとらえているのが日本酒的だなと思う。

僕が造りたいのは、地元で造って、地元で飲まれる、本来の地酒なんです。地元で飲んでもらうためには、地元の食べ物に合うものでなければならない。地元の食文化ありきで造られたものこそが、本来の地酒だと結論付けたんです。そのためには地元の食文化を知らなければいけません。そこでいろいろ調べて行きついたのが、沼津名産のムロアジの干物なんです。

そういうシーンを思い浮かべたときにどういう味わいのお酒がいいのか、そこはもう試行錯誤の連続だと思うんですよね。しかも仕込んでから結果がでるまでだいぶ時間もかかるし、出来上がりの味が想像と違っていたとして、じゃあ複雑な工程のどこを変えれば味が変わるのか、といった検証ポイントも無数にある。場合によっては伝統的な自分の蔵のやり方を根本的に改める必要もあるのかもしれない。

そんなトライ&エラーの苦労や達成感といった話がリアルに綴られているわけですが、その姿は新しい価値を生み出そうとして苦闘するイノベーターの姿にダブるんですよね。

個人的には、そんなイノベーションが起きうる酒蔵というのが日本全国に1,000以上あるってのはすごいことだと思うし、ただでさえ美味しいそれらの銘柄が世に出るまでに、この本に書かれているようなストーリーがあることを知っていれば、お酒の味わいや、飲む時の場の盛り上がりなんかもだいぶ変わってくるんじゃないかと思うんですよね。

Appleコンピューターの最初のファンも、きっとハードの素晴らしさだけでなく、ジョブズがそれを生み出すまでの過程も込みで身銭を切ったと思う。

そこまで知ったうえで楽しむ価値が、日本酒というアイテムにはあるような気がする。


イノベーションとオープンダイアログの相性

慶應SFCの井庭崇先生の『対話のことば-オープンダイアログに学ぶ問題解消のための対話の心得』を読了。

 

オープンダイアログは、様々な立場の参加者が対話を通じて当事者の抱える問題を、解決ではなく「解消」することを目指す手法です。もともとはフィンランドの精神医療の現場で開発されたものだそうです。国内では、ひきこもり支援の文脈での活用がポツポツ出てきている感じです。

個人的には、この方法は精神医療での適業に限らず、より広い分野でも活用しうる方法だと考えています。

冒頭の書籍ではソーシャルイノベーション領域での活用可能性に言及されていますが、おそらくもっと広いでしょう。

広義のイノベーション、例えば新規事業の創出や既存事業の改善といった部分でも使える手法なんじゃないかな。

実際、私の働き先の一つで、若者の起業支援を展開するGOBでは、同社が支援する起業チームに対して定期的にメンタリングの機会を設けているんですが、このメンタリングとオープンダイアログの手法はかなり相性が良いです。

GOBのメンタリングの場では、チームのリーダーとメンバー、メンター役の自分に加えて、最近そのサービスのヘビーユーザーが参加して協議の場を設けています。

立場の異なる参加者が、車座になって無印良品の「体にフィットするソファ」に身を任せながら、毎週1~2時間、いろいろなことを話します。

話の内容も、メンバーの誰かが「あれについて困っている」「これをどうしようか」と話し始める。それに対して批判や責任者探しをするのではなく、話を聞いて、それぞれが感じたことやどうしたらいいかを自由に話し合う感じです。

話していると、当時者が直面している問題に対する解決するときもあれば、そういうことが生まれる構造そのものが解消されることもあったりします。

そんな風に話をするときと、そうでないとき(例えばチームとメンターのみ)とでは、話の内容や話し合い後の展開がかなり違ってくる。

 

他者として関わることのデメリット

当事者の立場・目線をインストールすることで見えてくるものの重要さ

チームとの対話に論点によっては、その関係が対立関係に近いものになる時もあったんですよね。

対立関係になってしまうと、問題を他者目線で考えてしまう。でも、その目線になると、当時者が抱えている悩みや、当時者から見える景色を共有できない。

その結果、彼等の本音に迫ることができず、彼等が抱えている問題を彼等の立場でアプローチすることが難しくなる、ということがままあるわけです。

ここで敢えてチームの話に対する自分の価値判断を保留して、まずは聞くに徹する。彼らの立場で見える景色を直に理解すると、地に足がついた展望が見えてくることが多い。

 

「当事者と支援者」単線型のコミュニケーションの限界

輻輳型のコミュニケーションによって見えてくるもの

対話の参加者が、当事者と協力者だけだと、解釈の幅はどうしても限られてくる。

でも、そこに多様なメンバーが参加して、問題に対する解釈を提示することで、多様性が担保され、当時者がとらわれていた問題に対するアプローチがたくさんあることが明るみになる。

「問題に対するアプローチは(これしか)ない」という認識でいることと、「いろんなアプローチがあるし、そもそも問題の捉え方もこれだけじゃない」という認識でいることは、当時者の心理的な余裕にかなり違いを生むようです。

異なる解釈の掛け合わせによって新しいアイデアが生み出されることもあり、そういう意味では多様な参加者がその場にいることのメリットは大きい気がします。

 

問題の解決ではなく、解消につながる対話

冗長な話の展開に身を任せてみる

問題を解決するためのKPIを設定して淡々とそれをモニタリングして、ビハインドしたときには、その解決方法を考えるという、一見整ったアプローチは、しかしながら、問題の解決に終始してしまうことも多いです。

同じような問題が断続的に発生するときは、その背後にある構造自体に手を入れる必要があるけれど、そこまで視点が貫通しない。

そういうときは、比較的話の論点が移ろうことを許容して、一見解決にストレートにつながっていないようなやり取りに身を任せてみると、実は本質的な問題に対する処方箋が提示されたり、「要はこうすれば解決じゃね?」というようなバンカーバスター的な意見がぽっと出てきたりする。

対話の論点の枠を設定しないことで、多様な解釈がそのポテンシャルを発揮できるようです。

 

透明性、信頼関係、持続性

こういった対話の場が構築できている背景として重要なのは、「信頼関係」「透明性」「持続性」という相補的な要素がベースにあるのが大きいと思います。

お互いがどういう考え方の人なのかわかっているからこそ、正直に話せる。何度会っても苦にならない。

話している内容がお互いいい意味で筒抜けなので、相手を思いやりながら話せるし自分がどう考えているのか、どう思われているのかを受容できる、次回の打ち合わせが怖くない。

何度も続けているからこそ相互理解は深まり、本音を話すことができる。

この要素があると、オープンダイアログの効果はかなり高まると思います。偶然にも、参加しているインキュベーションチームがこれらを満たしていて、非常にいい環境で検討を進められているように感じます。

 

オープンダイアログの活用事例は、国内でもまだ少なく、医療・福祉領域に限られているけれど、適用可能な領域はかなり広いでしょうね。

特に、じっくりとPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を検討するシード期のインキュベーションチームを支援する方法としてはかなり有効な気がします。

メンバー間の対話のスタンスや用語を統一するという意味で、本書の内容を共有しておくと、個々の協議のクオリティだけでなく、中長期的なチームのチカラもかなり変わってくるんじゃないかな。おススメです。

企てる人の起業論 みうらじゅん氏の「一人電通」

こういうのはね、勢いなんですよ。衝動的に買った本をいわゆる”積ん読”にしないために必要なのは。ということで、今度は

を読了。

やばいですね。これ、完全に起業論です。というよりも”企”業論といった方がよいかも。

自分が「これはくる!」と思ったことをどのように育てて社会に広めていくのかが、みうら氏の特徴的な表現の形で、自身の事例を多数取り上げながら紹介されています。

特に会社単位でも、チーム単位でもなく、個人という最小携行人数で始める場合、本書で紹介されている方法論は参照性高し、です。

みうら氏の企業論をかいつまんで言うと

1)マイブーム化

ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつけて、ひとひねりして新しい名前をつける。

2)一人電通

「マイブーム」を広げるために行っている戦略。デザインや見せ方を考え、メディアで発表し、関係者を接待する。

の2ステップです。マイブームって言葉はみうら氏が考えた言葉だったんですね。一人電通ってネーミングもセンスがやばい。こちらは電通が世間一般の認知度が低いので人口に膾炙してないですが、電通のことを知っていれば一発でその意味内容とすごさがわかる情報的な奥深さを持っている気がします。

で、2つのステップの要点をもう少し紹介すると

「マイブーム化」のフェイズで重要なのは、「自分洗脳」と収集

『あらゆる「ない仕事」に共通することですが、なかったものに名前をつけた後は、「自分を洗脳」して「無駄な努力」をしなければなりません。~中略~

人に興味を持ってもらうためには、まず自分が「絶対にゆるキャラのブームが来る」と強く思い込まなければなりません。「これだけ面白いものが、流行らないわけがない」と、自分を洗脳していくのです~~

そこで必要になってくるのが、無駄な努力です。興味の対象となるものを、大量に集め始めます。好きだから買うのではなく、買って圧倒的な量が集まってきたから好きになるという戦略です。」

まずは自分自身がその事業に対する過剰ともいえる思い入れを持つこと。このことは新規事業を立ち上げる際の幾多の困難や理不尽を乗り越えるために必須の条件であると言えます。そのためにはもはやひっこみがつかないくらいのファクトを自分の手と足で積み上げてしまうのが一番早い。もうそれで勝負するしかない!という退路を断つ感じですね。

そして、マイブームを様々なメディアで発信していく。そのときのターゲットについてみうら氏は

『私は仕事をする際、「大人数に受けよう」という気持ちでは動いていません。それどころか「この雑誌の連載は、あの後輩が笑ってくれるように書こう」「このイベントはいつもきてくれるあのファンに受けたい」とほぼ近しい一人や二人に向けてやっています。~~

知らない大多数の人に向けて仕事をするのは、無理です。顔が見えない人に向けては何も発信できないし、発信してみたところで、きっと伝えたいことがぼやけてしまいます。」

と述べておられます。

サービス開発やリリースの初期の初期には、不特定多数の誰かではなく、特定個人のあの人に向けてアクションしていくことはとても重要だと思います。デザイン思考のペルソナにも通じる概念ですね。

そして、様々なメディアに同じテーマについてコラムを書くことで、断片的なブームの地雷をしかけておく。生活していると連鎖的に地雷を踏んで「あれ、これイマきてるのかも!?」と思わせる。

そうなってくると、徐々にマイブームは社会的なブームになってくる。この「ブーム」についてのみうら氏の表現がまた秀逸で、ブームの正体は「誤解」だ、と言ってるんですね。

『ブームというのは、「勝手に独自の意見を言い出す人」が増えたときに生まれるものなのです。』

本来の価値はちゃんとあるけれど、受け手の解釈の余地が担保されていて、そこから多様な誤解が生まれることがブームである。商品やサービスが作り手の元から離れて社会の元になる過程は、それがブームになる過程でもある。発信者としては親のような心情に駆られるかもしれません。

そして、接待。

『酒を酌み交わせば、おのずと距離も近くなるというものそのとき編集者と作家は同胞である、友達であるという認識が初めて芽生えます。同じ仕事をするならそうしないと楽しくない。そもそも、自分の才能を認めてくれた第一人者なのですから、仲良くなりたいと素直に思います。』

これは非常に共感。というかもうこれ接待じゃないよね。キックオフMTG withリカーと言った方が近いかも。無駄な格式をそぎ落とし、柔軟な発想を生み出すような場が、接待という行為で生まれる気がします。

とまあ、一人電通のエッセンスが存分に詰まった一冊となっておりまして、示唆にあふれる一冊です。読みやすいし、紹介されている事例なども爆笑もので、僕なんか読んでて10回くらい声出して笑ってしまいました。

みうら氏は終盤、自身の企業の方法を、こうも語っています。

ばらけると意味がない。それが「ない仕事」の真髄だと、自分でも初めて気が付いたのです。そもそも違う目的でつくられたものやことを、別の角度から見たり、無関係のものと組み合わせたりして、そこに何か新しいものがあるように見せるという手法

イノベーションを生み出すための本質ですよね。

ビジネススクールに行かなくても、こういう示唆が転がっているあたり、日本のサブカルチャーって凄いなと思います。

ということで、改めてやっぱりおすすめの本書。ぜひどーぞ。

事業開発における起点とその延長についてのお話

盟友 徳さんこと、料理人の栗山徳一君と羽田で別れました。

2日前の深夜にバスタ新宿で落ち合ってからだいたい48時間。

酒蔵見学という、日本酒が好きな人なら参加したいと思う、だけど、その前後のアクティビティがプアーであるがゆえに、なかなか実際には足が向かない。

たぶんこれは、本当はたくさんある魅力的な地域のリソースを、うまく配列できないことが問題なんだな。

ということで

これまた盟友 ハバタク社の小原君が偶然にも秋田県五城目町に居宅を持っていたということで、同町で素晴らしい日本酒を醸す福禄寿酒造に訪問する算段をつけ、同町で何百年も開かれ続けている朝市で仕入れた食材と訪問して興味を持っ銘柄を見学したその日の晩に、見学した人たちと飲む、というコンテンツの主軸を定めたのが秋ごろ。

そこから、その軸に接木する形で

男鹿半島や大潟村へのエクスカーションルートを決め、地方バス会社との調整を担ってくれるbusket社の 西木戸さんと連携して移動手段を確保

さらに不足分の布団のレンタル交渉をして、五城目町を拠点として活動するハバタク社の丑田君から情報をいただきながら参加者とリレーション構築して

そうして迎えた土曜日当日からさっきまでは怒涛の実行フェイズ。

構想フェイズから実行フェイズまで、時間が経つほど

個人がやりたいことをカタチにすることが容易な世の中になったな

という感覚を強く持つようになりました。

こんなコトやったら日本酒好きな人は楽しいと感じてくれるのではないか。

その銘柄が生まれた土地にもっと触れられて、味わいもまた変わってくるのではないか

と、思いたってから2ヶ月弱。

その2ヶ月で、面白いと思ってくれた人がフェイスブックで参加の意思表示をしてくれる。

Busket社や現地のなかなか取れない情報を教えてくださる。

やってみたらどーだろか!という思いが起点になって、みるみるうちに、コンテンツを纏った企画になる。

『他者や、サービスや商品との接続性が高まることで、個人の意思は際限なく具現化される。』

抽象度の高い表現を使えば、そういう”それっぽい”表現に落ちる。

だけど、今回はそれが実感として自分に落とし込まれた貴重な機会だったなーと思います。

そして、この経験を若者の自立支援や起業支援に逆流させるなら

「誰のインサイトなのか?」

という問いだけでなく

「そのインサイトに刺さるサービスを、貴方は開発したいのか?」

という問いもセットですることが大事、ということが示唆だな、という気がする。

二つの問いに「Yes」であるならば、それが自分がこれまで手を付けた領域とは違う場所であるとか、不確実性が高くても、子どものようにまず手を出せるような無邪気な人でありたいなと思います。

さてと、次回はどこの酒蔵とその土地を堪能しましょうかねえ・・・

コレクティブ・インパクトと子ども・若者支援

コレクティブインパクト

この言葉を日本で聞くことは稀です。

それこそ「育て上げ」ネットの工藤さんが口にするのを聞くくらいなもんなのですが、米国生まれのこの考え方を日本語に訳すと

「複数の異なる組織が、ある社会課題を解決するために、個々の組織の壁を超えて協働し、課題解決というインパクトをもたらす」

という考え方のこと。

2011年にMark Kramaer氏とJohn Kania氏が「Stanford Social Innovation Review」という雑誌に寄稿したのが最初だと言われています。→SSIRの論文は無料で閲覧可能(英語)

ちなみに両氏ともに、ソーシャルインパクトを専門とする世界的コンサルティング企業のファウンデーション・ストラテジー・グループ(FSG)のメンバー。

この考え方は、単一の、あるいは限定された領域のプレイヤーの参画だけでは解決ができない(超時間がかかる)ような社会的課題の解決に対する一つの処方箋になると上記の論文の中で紹介されています。

例えば、子ども・若者支援であっても、困難に直面する当事者を発見してから何らかの形で自立できる状態に持っていくためには、行政のどこか特定の部署の活動だけでは難しいですし、NPOだけでも難しい。

また、行政やNPOのような非営利のプレイヤーだけで可能かと言われると、それも難しい。例えば、就労が絡んでくるようなケースにおいては、多少なりとも企業やビジネスサイドの理解と協力が必要になってくるわけです。

理想的にはそれらのプレイヤーが協働して目的(この場合は当事者の自立)を達成し、かつ、各プレイヤーにとって参画したメリットを享受できるようにすればよいのですが、まあそれが簡単にできればSSIRやHBRでこの考え方や、方法論が示される必要もないわけです。そう。実際には、とても難しい。

SSIRの論文では、実際にコレクティブインパクトを生み出すためのポイントとして、

  1. 共通のアジェンダ
  2. 共通の評価システム
  3. 相互に補強しあう活動
  4. 定期的なコミュニケーション
  5. 活動に特化した「支柱」となるサポート

が必要とされています(文言はSSIRよりも後に執筆されたHBR(文末で紹介)のものを記載)。

簡単に言うと

  1. 多様なプレーヤーが受け入れ可能で参画したいと思う共通目標を設定して
  2. その目標が達成できたと誰もが理解できるゴール指標やKPI(Key performance indicator:達成度を評価するための指標)を設定して
  3. 各プレーヤの強みを掛け合わせて
  4. 定期的にコミュニケーションする機会を創り
  5. そういった様々な活動を支える縁の下の力持ち的な存在を用意しようね

ってことなんですが、これ、現場感覚からするとかなりハードル高くて苦笑が漏れるレベル。「いや、そうなんだけど、それができないから困ってんのよ」という声なき声が聞こえてくるようです。

いろいろな自治体と子ども・若者支援地域協議会の設置・運営について協働している経験からすれば、まず共通のアジェンダセットする前に、プレーヤー間の信頼関係が無いことが多い。そんな相手と夢を語るとか夢のまた夢。

特に、非営利団体から見たときの営利団体(一般企業)に対するスタンスが懐疑的すぎる。「どうせ儲けるためにやってるんでしょ。自分たちとは違う原理で動いてるからわかりあえないよね~」と距離を置いていることも多い。

非営利の人は給料もらってるし、営利は利潤を還元するならそれはフェアな気もするんですけどね。

仮に底の部分がクリアできたとしても、今度は企業内部で、その活動の投資対効果があるのかという「投資の正当化」についての説明がクリアできなければならない。

1~5のポイントに到達する前に、まあ結構な超えなければならない山々が青々と連なってるわけです。初夏の穂高なら気持ちがいいんですが、仕事の場面でこの風景はかなりエグいかもしれません。

とはいえ、それが一度動き出せば、これまでに各プレーヤーが見たこともない風景が広がっている可能性も十分にある。ハイリスク・ハイリターンの商品でしょうか。金融商品的な「分け」で言えば。

個人的には、冒頭で引き合いに出した、子ども・若者領域はまさにこのコレクティブインパクトの考え方が必要だと思います。

特にリソースが限られている地方においては、営利・非営利の枠や、公共・民間の壁をつくってる場合ではないと思います。地域の若者のためにできることをやる、という意思のあるプレーヤーが広く参加できる(自由に参加できるという意味ではなく)場を創っていくことが非常に重要なのではないかと思います。

コレクティブインパクトの事例については、今後ちょいちょいご紹介していければなと思っています。

ちなみにハーバードビジネスレビューの2017年2月号でコレクティブインパクトを取り上げた記事はAmazonでKindle版を購入可能。SSIRの内容と比較して、キープレーヤーである企業のポジショニングについての示唆や事例が更新されています。

 

イノベーションのルーティン

『イノベーションの成否を分けるのは、単調な骨折り仕事をマスターできるかどうかだ。
創造のプロセスは通常は輝くようなアイデアから始まる。
このすばらしいアイデアに見込みがあれば、次にはビジネスの見地から見て進める価値があるかどうかを決定する。
このあたりは心躍る部分だ。知的には恐らく最も刺激的であろうが、同時に比較的容易な部分でもある。

続いて、そのアイデアを実行段階に引きおろすという現実的な仕事が来る。
これがイノベーションの中で最も単調な部分であり、人々に対するプレッシャーや鼓舞のほとんどはここで必要になる。

Diamond ハーバードビジネス 1990.7.』

そう。そうなんですよね。
イノベーションは飛躍、破壊的な新しい価値がすごいスピードで広がっていく、というイメージが持たれているんですが、実は中盤からルーティン作業が山のように現れてきて、そこに埋没しなければならない時が必ず来る。

イノベーションのイメージとは真逆の活動なんですけど、成功しているイノベーションチームは何のことはない、このフェイズですらすごいスピードでやり進め、はたから見たら飛躍的なスピードで成長してるように見えているだけなんですよね。

最澄とU理論

平安時代の仏教て、今の社会にとっての「科学」みたいな、非常に重要な位置づけだっただろうから、僧侶は超ざっくし言うと科学者みたいなもんだと思う。

そう考えると、さしずめ最澄と空海はジョブズとベゾスって感じでしょうか。それぞれすごいイノベーターだと思うわけです。

で、特に最澄について書かれた梅原猛氏の『最澄と空海』で読み進めていくと、最澄の人生はオットー・シャーマーのU理論の道筋に驚くほど当てはまるのが面白い。
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支援の輪を広げるNPO法人PIECESの挑戦

先月行われた内閣府の青少年問題調査研究会でプレゼンした4つの総合相談センターの担当者の方々が、地域の生活者との連携という点に注目しているのが印象的でした。

子ども・若者を支援していく上で、専門性を持った支援機関の存在はとても重要ですが、支援機関だけでは地域内で困難に直面する子ども・若者を見つけて支援し切ることは難しいのも現実です。当事者と専門家とのギャップを埋めるためには、非専門家―地域の生活者―の参加と協力が不可欠だと感じます。

足立区と豊島区をメインに、子ども・若者支援に取り組むNPO法人PIECESも、地域の生活者との連携を活用している団体だと思ってます。

あ、なんでPIECESの話がいきなり出てきたのか、といいますと、副代表の荒井さんと打ち合わせのため、オフィス初訪問してきたのでした。 “支援の輪を広げるNPO法人PIECESの挑戦” の続きを読む

LINE相談を運用していくための3つの課題

育て上げネットは、厚生労働省の自殺対策の一環として試験的に開始されたSNSによる相談を行う団体として指定をされており、現在進行形で対応を始めています→参照ページ(厚労省)

田中は後発組ながら支援の一端を担うべく、本日研修を受けてきました。一日のうち、午前が座学、午後がケースを用いた模擬対応に参加してきました。 “LINE相談を運用していくための3つの課題” の続きを読む

偶発性の心づもり(稲盛氏のワックス)

ニュートンは木からリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を思いついた、という話は有名ですが、京セラ創業者の稲盛和夫氏が研究室のワックスにつまずいてファインセラミックスの製法を思いついた、という話はそれほど知られていない “偶発性の心づもり(稲盛氏のワックス)” の続きを読む