企てる人の起業論 みうらじゅん氏の「一人電通」

こういうのはね、勢いなんですよ。衝動的に買った本をいわゆる”積ん読”にしないために必要なのは。ということで、今度は

を読了。

やばいですね。これ、完全に起業論です。というよりも”企”業論といった方がよいかも。

自分が「これはくる!」と思ったことをどのように育てて社会に広めていくのかが、みうら氏の特徴的な表現の形で、自身の事例を多数取り上げながら紹介されています。

特に会社単位でも、チーム単位でもなく、個人という最小携行人数で始める場合、本書で紹介されている方法論は参照性高し、です。

みうら氏の企業論をかいつまんで言うと

1)マイブーム化

ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつけて、ひとひねりして新しい名前をつける。

2)一人電通

「マイブーム」を広げるために行っている戦略。デザインや見せ方を考え、メディアで発表し、関係者を接待する。

の2ステップです。マイブームって言葉はみうら氏が考えた言葉だったんですね。一人電通ってネーミングもセンスがやばい。こちらは電通が世間一般の認知度が低いので人口に膾炙してないですが、電通のことを知っていれば一発でその意味内容とすごさがわかる情報的な奥深さを持っている気がします。

で、2つのステップの要点をもう少し紹介すると

「マイブーム化」のフェイズで重要なのは、「自分洗脳」と収集

『あらゆる「ない仕事」に共通することですが、なかったものに名前をつけた後は、「自分を洗脳」して「無駄な努力」をしなければなりません。~中略~

人に興味を持ってもらうためには、まず自分が「絶対にゆるキャラのブームが来る」と強く思い込まなければなりません。「これだけ面白いものが、流行らないわけがない」と、自分を洗脳していくのです~~

そこで必要になってくるのが、無駄な努力です。興味の対象となるものを、大量に集め始めます。好きだから買うのではなく、買って圧倒的な量が集まってきたから好きになるという戦略です。」

まずは自分自身がその事業に対する過剰ともいえる思い入れを持つこと。このことは新規事業を立ち上げる際の幾多の困難や理不尽を乗り越えるために必須の条件であると言えます。そのためにはもはやひっこみがつかないくらいのファクトを自分の手と足で積み上げてしまうのが一番早い。もうそれで勝負するしかない!という退路を断つ感じですね。

そして、マイブームを様々なメディアで発信していく。そのときのターゲットについてみうら氏は

『私は仕事をする際、「大人数に受けよう」という気持ちでは動いていません。それどころか「この雑誌の連載は、あの後輩が笑ってくれるように書こう」「このイベントはいつもきてくれるあのファンに受けたい」とほぼ近しい一人や二人に向けてやっています。~~

知らない大多数の人に向けて仕事をするのは、無理です。顔が見えない人に向けては何も発信できないし、発信してみたところで、きっと伝えたいことがぼやけてしまいます。」

と述べておられます。

サービス開発やリリースの初期の初期には、不特定多数の誰かではなく、特定個人のあの人に向けてアクションしていくことはとても重要だと思います。デザイン思考のペルソナにも通じる概念ですね。

そして、様々なメディアに同じテーマについてコラムを書くことで、断片的なブームの地雷をしかけておく。生活していると連鎖的に地雷を踏んで「あれ、これイマきてるのかも!?」と思わせる。

そうなってくると、徐々にマイブームは社会的なブームになってくる。この「ブーム」についてのみうら氏の表現がまた秀逸で、ブームの正体は「誤解」だ、と言ってるんですね。

『ブームというのは、「勝手に独自の意見を言い出す人」が増えたときに生まれるものなのです。』

本来の価値はちゃんとあるけれど、受け手の解釈の余地が担保されていて、そこから多様な誤解が生まれることがブームである。商品やサービスが作り手の元から離れて社会の元になる過程は、それがブームになる過程でもある。発信者としては親のような心情に駆られるかもしれません。

そして、接待。

『酒を酌み交わせば、おのずと距離も近くなるというものそのとき編集者と作家は同胞である、友達であるという認識が初めて芽生えます。同じ仕事をするならそうしないと楽しくない。そもそも、自分の才能を認めてくれた第一人者なのですから、仲良くなりたいと素直に思います。』

これは非常に共感。というかもうこれ接待じゃないよね。キックオフMTG withリカーと言った方が近いかも。無駄な格式をそぎ落とし、柔軟な発想を生み出すような場が、接待という行為で生まれる気がします。

とまあ、一人電通のエッセンスが存分に詰まった一冊となっておりまして、示唆にあふれる一冊です。読みやすいし、紹介されている事例なども爆笑もので、僕なんか読んでて10回くらい声出して笑ってしまいました。

みうら氏は終盤、自身の企業の方法を、こうも語っています。

ばらけると意味がない。それが「ない仕事」の真髄だと、自分でも初めて気が付いたのです。そもそも違う目的でつくられたものやことを、別の角度から見たり、無関係のものと組み合わせたりして、そこに何か新しいものがあるように見せるという手法

イノベーションを生み出すための本質ですよね。

ビジネススクールに行かなくても、こういう示唆が転がっているあたり、日本のサブカルチャーって凄いなと思います。

ということで、改めてやっぱりおすすめの本書。ぜひどーぞ。

ひきこもりのレイヤー

名店池袋LIBROの店員さんが荻窪に開いた書店兼カフェ「Title」で衝動買いしたうちの一冊。

を読了。

(執筆時)38歳の著者は、ニートではない。同じような調整困難さを抱えた人が住めるシェアハウスを運営していて、ブロガーのようだ。

そして、本のタイトルにもある通り、ひきこもりってわけでもない。高速バスを駆って名古屋のサウナに蒸されに行ったり、何の変哲もない少し遠い町に降りて歩き回ったり、むしろかなりアクティブだ。

でも、他者とのコミュニケーションにどこか苦手意識を抱えていて、多くの人が普通に暮らしているスタイルで生活していくことに難しさを抱えている。満足を感じる行為や状況もちょっと変わっている(ことを本人も自覚している)。

”ひきこもり”って状態のことで、気質のことではない。

でも、少なからぬひきこもりの人が抱えているコミュニケーションや行動上の特徴を”ひきこもり気質”とあえて表現するなら、Pha氏は”ひきこもり気質のひきこもってない人”って感じ。

じゃあ他にどんなタイプがあるのかと考えてみると、

「①ひきこもり気質xひきこもり状態」

「②ひきこもり気質xひきこもり状態ではない」→Pha氏

「③ひきこもり気質ではないxひきこもり状態」

「④ひきこもり気質ではないxひきこもり状態ではない」

気質と状態でいわゆるマトリクス状に分類するとこうなるでしょうか。

3つ目は、普通の人でもブラック企業とかに身を置いて心が折れたらひきこもり状態になるようなパターン。

いや、こういうケース、決して少なくないですし、一度その状態になってしまうとなかなか社会につながりなおすことができない難しいケースも多いのです。決して珍しくない。

僕はどこだろうと思ったときに、たぶん象限としてはPha氏と同じなんだけど、若干④寄り、「④寄りの②」って感じでしょうかね。。。

というように、象限で4つに整理したとしても、各象限の中は無限にプロット可能だし、経時的に自分のポジショニングが揺らぐことも大いにあり得るわけです。

そんな無限の層、ポジショニング移行の可能性があるはずなのに、ちょと前までの日本社会って、「④とそれ以外」の2層で社会のタテマエを創っていたような気がする。①②③は見なかったことにする。あるいは負け組というレッテルを張って阻害する。

無限のレイヤーを「④とそれ以外」という2層に縮約するという編集の剛腕さ。ナベツネかよ!

もっとも、行政やNPOといった様々なプレイヤーが徐々に「それ以外」の解像度を高めてそれぞれの層にあったサービスを開発し始めているのも事実。そんな中で、Pha氏は自分で自分のポジショニングにマッチする環境を創っているのだと思う。

層の解像度を無限に近づけていけば、究極的には個々人の状態はそれぞれ違うので、社会が提供するサービスとの懸隔はどうしても生じてしまう。その開きは自分で距離詰めて、折り合いをつけなければならないのだと思う。Pha氏は少なくとも現段階での折り合い地点を見いだせているように読める。

Pha氏から見た社会、それに適応するための振舞いのある部分は自分もすごく共感する(高速バスが好きとか)。でも6割4分くらいは違うなと思う(夜行の高速バスが好きだし←そこじゃない)。

そこはPha氏よりも④寄りのポジショニングだからかな。私にも自分なりの折り合いのつけ方がある気がする。自分のそういう折り合いのつけ方ってあまり意識してなかったけど、結構面白いかもしれない。

皆さんも例えば、東京の喧噪やひっきりなしのコミュニケーションから逃れるためにどんなことをしているのか、ちょっと振り返ってみるとよいかも。で、Pha氏なり他の人の振舞いと比べてみたら、人それぞれ振舞いも理由も違って楽しいんじゃなかろうか。