ファシリテーションとさんまさん

今日は10時から愛知県あま市・大治町が合同で設置した子ども・若者支援地域協議会の実務者会議に出席してきました。

あま市・大治町は名古屋市の郊外に位置しており、伺った印象だと、名古屋市のベッドタウンのひとつといった感じ。
初めてお招きいただいたときは、最寄り駅にコーヒー飲みながら時間潰せる店の1つくらいはあるだろうと思いきや、全くなくて途方に暮れた記憶があります。

全国でも、複数の市町村が合同で子若協議会を運営する事例は多くありません。
具体的な場所で言えば、徳島県板野東部(松茂町・北島町)と豊橋市を中心とした東三河エリアの広域連携ぐらいでしょうか。

が市町村という枠組みで整理されているということから、実務的にいろいろと大変なのが多いのですが、特に小規模自治体からのニーズは強い形態ではあります。

今日はそんな2市町の実務者会議(4回目)にコーディネーターとして出席してきました。
年度最後の会議ということで、今年度の総括と、来年度の体制に関する情報共有がメインのアジェンダでした。

よく最終回の会議に出席すると、振り返りという名のもとに、今年度実施した内容をただ列挙して、来年いつぐらいに会議をします、ぐらいの粒度の報告で終わることが多いのですが、正直そのレベルの会議するなら資料添付して関係者にメール送信でもいいと思うんですよね。
わざわざ社用車で往復の時間かけて参加するようなものじゃないと思います。

今年の振り返りは何のためにやるのかと言えば、来年度の運営を今年度より少しでも実りあるものにするためにやるわけです。
その目的に対して、、ただただ実施した事を読み上げていくという手段がフィットしているかと考えると、全くそんなことはないですよね。

参加している人は絶対に何かしらの感想や意見を持っています(言語化していないかもしれないし、過去の記憶なので風化しているかもしれませんが)。
それを会議の場に引き出してあげるのが初手、それを来年度の検討課題として受け止めるのが次の手、来年度冒頭で対応方針を示してようやく目的に対する方法として位置づけることができるのではないでしょうか。

来年度の実施内容についても、「●月に代表者会議、◎月に実務者会議」と紹介してもあまり意味がありません。
参加者に参加日程を確保してほしいなら日時までもう決めてしまった方がよいですよね。
コンテンツを詰め切れていないのであれば、参加者からアイデアを募ったっていいのです。

だって協議会じゃないですか。報告で終始するような場は協議会とは言わないと私は思います。

ということで、全体の報告については大治町の事務局の方にお願いし、今日の私はもっぱら議題事に割って入って参加者から意見を募るという役回りでお手伝いしました。

実際に話をうかがっていくと、現場経験豊富な方々から実務的なご意見や改善提案がたくさん上がってきてとても建設的な場になりました。

支援機関マップや、相談内容を記録する相談簿の記載項目や支援機関の間で共有する方法、同意書の内容についてより分かりやすく対象者に説明するための工夫など、あま市大治町以外の自治体でも使えそうな知見があったので、またの機会にご紹介したいと思います。

会議後に、大治町の担当者の方が、「自分達だけでつくるよりも、よほど参考になる意見がたくさんあって驚いた」と仰ってました。
これはお互い様で、お互いに専門性のあるところとわからないところを持っているので、それを補い合うのが協議会という場所なので、全く気にする必要は無いと思います。

足りないところをちゃんと開示して、他の支援機関の知恵と経験でもって補完していく。そうしていく中で、地域の支援を厚くしていくことが大事なのではないでしょうか。

今年度の愛知での仕事は今日で終了。今年度も20回くらい来ている気がします。お世話になりました!

勝央町にて。

今日は岡山県北部の人口11,000人の町、勝央町での今年度最後の会議でした。

勝央町は子ども・若者支援の取組にかなり初期から取り組んでいる地域です。
多くの地域が、支援の仕組みを立ち上げたものの、その後失速していく中で、勝央町は、様々な試行錯誤を重ねながらも、その経験をベースに地域独自の取組を創り上げてきた、非常にレアな地域でもあります。

その背景には、悩みを抱えてやってきた若者を応援するために、やれることはやる、今やれないことであってもやれるようにする、という粘り強く適応的なスタイルがあります。

多くの地域が
「予算がないから」
「人がいないから」
「やったことないから」
という色々な理由でやってこなかった取組を、工夫して、毎年少しずつ増やしていった勝央町。

今日の振り返りでは、それらの取組がうまくかみ合って、応援していた人たちが、彼らのペースで歩んでいくお話をたくさん聞くことができました。
(ここだけの話、お話をうかがいながら目頭が熱くなることが何度かありました)

目の前にいるその人にフォーカスし、彼らが本当に求めているものを提供する。その試行錯誤の過程で得られた学びを次の活動に反映していく。

領域は違えど、そこには社会に新しい価値をもたらすために必要な活動があります。
その活動は、世界を変えないかもしれないけれど、ひとりの若者にとっての世界が変わるための活動にも素晴らしい価値があるのだと個人的には思います。

そういう活動が岡山県の勝央町という場所で起きているのがとても興味深く、また、そういう活動に長く関わらせてもらっていることが非常にありがたくもあります。

イノベーションとオープンダイアログの相性

慶應SFCの井庭崇先生の『対話のことば-オープンダイアログに学ぶ問題解消のための対話の心得』を読了。

 

オープンダイアログは、様々な立場の参加者が対話を通じて当事者の抱える問題を、解決ではなく「解消」することを目指す手法です。もともとはフィンランドの精神医療の現場で開発されたものだそうです。国内では、ひきこもり支援の文脈での活用がポツポツ出てきている感じです。

個人的には、この方法は精神医療での適業に限らず、より広い分野でも活用しうる方法だと考えています。

冒頭の書籍ではソーシャルイノベーション領域での活用可能性に言及されていますが、おそらくもっと広いでしょう。

広義のイノベーション、例えば新規事業の創出や既存事業の改善といった部分でも使える手法なんじゃないかな。

実際、私の働き先の一つで、若者の起業支援を展開するGOBでは、同社が支援する起業チームに対して定期的にメンタリングの機会を設けているんですが、このメンタリングとオープンダイアログの手法はかなり相性が良いです。

GOBのメンタリングの場では、チームのリーダーとメンバー、メンター役の自分に加えて、最近そのサービスのヘビーユーザーが参加して協議の場を設けています。

立場の異なる参加者が、車座になって無印良品の「体にフィットするソファ」に身を任せながら、毎週1~2時間、いろいろなことを話します。

話の内容も、メンバーの誰かが「あれについて困っている」「これをどうしようか」と話し始める。それに対して批判や責任者探しをするのではなく、話を聞いて、それぞれが感じたことやどうしたらいいかを自由に話し合う感じです。

話していると、当時者が直面している問題に対する解決するときもあれば、そういうことが生まれる構造そのものが解消されることもあったりします。

そんな風に話をするときと、そうでないとき(例えばチームとメンターのみ)とでは、話の内容や話し合い後の展開がかなり違ってくる。

 

他者として関わることのデメリット

当事者の立場・目線をインストールすることで見えてくるものの重要さ

チームとの対話に論点によっては、その関係が対立関係に近いものになる時もあったんですよね。

対立関係になってしまうと、問題を他者目線で考えてしまう。でも、その目線になると、当時者が抱えている悩みや、当時者から見える景色を共有できない。

その結果、彼等の本音に迫ることができず、彼等が抱えている問題を彼等の立場でアプローチすることが難しくなる、ということがままあるわけです。

ここで敢えてチームの話に対する自分の価値判断を保留して、まずは聞くに徹する。彼らの立場で見える景色を直に理解すると、地に足がついた展望が見えてくることが多い。

 

「当事者と支援者」単線型のコミュニケーションの限界

輻輳型のコミュニケーションによって見えてくるもの

対話の参加者が、当事者と協力者だけだと、解釈の幅はどうしても限られてくる。

でも、そこに多様なメンバーが参加して、問題に対する解釈を提示することで、多様性が担保され、当時者がとらわれていた問題に対するアプローチがたくさんあることが明るみになる。

「問題に対するアプローチは(これしか)ない」という認識でいることと、「いろんなアプローチがあるし、そもそも問題の捉え方もこれだけじゃない」という認識でいることは、当時者の心理的な余裕にかなり違いを生むようです。

異なる解釈の掛け合わせによって新しいアイデアが生み出されることもあり、そういう意味では多様な参加者がその場にいることのメリットは大きい気がします。

 

問題の解決ではなく、解消につながる対話

冗長な話の展開に身を任せてみる

問題を解決するためのKPIを設定して淡々とそれをモニタリングして、ビハインドしたときには、その解決方法を考えるという、一見整ったアプローチは、しかしながら、問題の解決に終始してしまうことも多いです。

同じような問題が断続的に発生するときは、その背後にある構造自体に手を入れる必要があるけれど、そこまで視点が貫通しない。

そういうときは、比較的話の論点が移ろうことを許容して、一見解決にストレートにつながっていないようなやり取りに身を任せてみると、実は本質的な問題に対する処方箋が提示されたり、「要はこうすれば解決じゃね?」というようなバンカーバスター的な意見がぽっと出てきたりする。

対話の論点の枠を設定しないことで、多様な解釈がそのポテンシャルを発揮できるようです。

 

透明性、信頼関係、持続性

こういった対話の場が構築できている背景として重要なのは、「信頼関係」「透明性」「持続性」という相補的な要素がベースにあるのが大きいと思います。

お互いがどういう考え方の人なのかわかっているからこそ、正直に話せる。何度会っても苦にならない。

話している内容がお互いいい意味で筒抜けなので、相手を思いやりながら話せるし自分がどう考えているのか、どう思われているのかを受容できる、次回の打ち合わせが怖くない。

何度も続けているからこそ相互理解は深まり、本音を話すことができる。

この要素があると、オープンダイアログの効果はかなり高まると思います。偶然にも、参加しているインキュベーションチームがこれらを満たしていて、非常にいい環境で検討を進められているように感じます。

 

オープンダイアログの活用事例は、国内でもまだ少なく、医療・福祉領域に限られているけれど、適用可能な領域はかなり広いでしょうね。

特に、じっくりとPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を検討するシード期のインキュベーションチームを支援する方法としてはかなり有効な気がします。

メンバー間の対話のスタンスや用語を統一するという意味で、本書の内容を共有しておくと、個々の協議のクオリティだけでなく、中長期的なチームのチカラもかなり変わってくるんじゃないかな。おススメです。

企てる人の起業論 みうらじゅん氏の「一人電通」

こういうのはね、勢いなんですよ。衝動的に買った本をいわゆる”積ん読”にしないために必要なのは。ということで、今度は

を読了。

やばいですね。これ、完全に起業論です。というよりも”企”業論といった方がよいかも。

自分が「これはくる!」と思ったことをどのように育てて社会に広めていくのかが、みうら氏の特徴的な表現の形で、自身の事例を多数取り上げながら紹介されています。

特に会社単位でも、チーム単位でもなく、個人という最小携行人数で始める場合、本書で紹介されている方法論は参照性高し、です。

みうら氏の企業論をかいつまんで言うと

1)マイブーム化

ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつけて、ひとひねりして新しい名前をつける。

2)一人電通

「マイブーム」を広げるために行っている戦略。デザインや見せ方を考え、メディアで発表し、関係者を接待する。

の2ステップです。マイブームって言葉はみうら氏が考えた言葉だったんですね。一人電通ってネーミングもセンスがやばい。こちらは電通が世間一般の認知度が低いので人口に膾炙してないですが、電通のことを知っていれば一発でその意味内容とすごさがわかる情報的な奥深さを持っている気がします。

で、2つのステップの要点をもう少し紹介すると

「マイブーム化」のフェイズで重要なのは、「自分洗脳」と収集

『あらゆる「ない仕事」に共通することですが、なかったものに名前をつけた後は、「自分を洗脳」して「無駄な努力」をしなければなりません。~中略~

人に興味を持ってもらうためには、まず自分が「絶対にゆるキャラのブームが来る」と強く思い込まなければなりません。「これだけ面白いものが、流行らないわけがない」と、自分を洗脳していくのです~~

そこで必要になってくるのが、無駄な努力です。興味の対象となるものを、大量に集め始めます。好きだから買うのではなく、買って圧倒的な量が集まってきたから好きになるという戦略です。」

まずは自分自身がその事業に対する過剰ともいえる思い入れを持つこと。このことは新規事業を立ち上げる際の幾多の困難や理不尽を乗り越えるために必須の条件であると言えます。そのためにはもはやひっこみがつかないくらいのファクトを自分の手と足で積み上げてしまうのが一番早い。もうそれで勝負するしかない!という退路を断つ感じですね。

そして、マイブームを様々なメディアで発信していく。そのときのターゲットについてみうら氏は

『私は仕事をする際、「大人数に受けよう」という気持ちでは動いていません。それどころか「この雑誌の連載は、あの後輩が笑ってくれるように書こう」「このイベントはいつもきてくれるあのファンに受けたい」とほぼ近しい一人や二人に向けてやっています。~~

知らない大多数の人に向けて仕事をするのは、無理です。顔が見えない人に向けては何も発信できないし、発信してみたところで、きっと伝えたいことがぼやけてしまいます。」

と述べておられます。

サービス開発やリリースの初期の初期には、不特定多数の誰かではなく、特定個人のあの人に向けてアクションしていくことはとても重要だと思います。デザイン思考のペルソナにも通じる概念ですね。

そして、様々なメディアに同じテーマについてコラムを書くことで、断片的なブームの地雷をしかけておく。生活していると連鎖的に地雷を踏んで「あれ、これイマきてるのかも!?」と思わせる。

そうなってくると、徐々にマイブームは社会的なブームになってくる。この「ブーム」についてのみうら氏の表現がまた秀逸で、ブームの正体は「誤解」だ、と言ってるんですね。

『ブームというのは、「勝手に独自の意見を言い出す人」が増えたときに生まれるものなのです。』

本来の価値はちゃんとあるけれど、受け手の解釈の余地が担保されていて、そこから多様な誤解が生まれることがブームである。商品やサービスが作り手の元から離れて社会の元になる過程は、それがブームになる過程でもある。発信者としては親のような心情に駆られるかもしれません。

そして、接待。

『酒を酌み交わせば、おのずと距離も近くなるというものそのとき編集者と作家は同胞である、友達であるという認識が初めて芽生えます。同じ仕事をするならそうしないと楽しくない。そもそも、自分の才能を認めてくれた第一人者なのですから、仲良くなりたいと素直に思います。』

これは非常に共感。というかもうこれ接待じゃないよね。キックオフMTG withリカーと言った方が近いかも。無駄な格式をそぎ落とし、柔軟な発想を生み出すような場が、接待という行為で生まれる気がします。

とまあ、一人電通のエッセンスが存分に詰まった一冊となっておりまして、示唆にあふれる一冊です。読みやすいし、紹介されている事例なども爆笑もので、僕なんか読んでて10回くらい声出して笑ってしまいました。

みうら氏は終盤、自身の企業の方法を、こうも語っています。

ばらけると意味がない。それが「ない仕事」の真髄だと、自分でも初めて気が付いたのです。そもそも違う目的でつくられたものやことを、別の角度から見たり、無関係のものと組み合わせたりして、そこに何か新しいものがあるように見せるという手法

イノベーションを生み出すための本質ですよね。

ビジネススクールに行かなくても、こういう示唆が転がっているあたり、日本のサブカルチャーって凄いなと思います。

ということで、改めてやっぱりおすすめの本書。ぜひどーぞ。

事業開発における起点とその延長についてのお話

盟友 徳さんこと、料理人の栗山徳一君と羽田で別れました。

2日前の深夜にバスタ新宿で落ち合ってからだいたい48時間。

酒蔵見学という、日本酒が好きな人なら参加したいと思う、だけど、その前後のアクティビティがプアーであるがゆえに、なかなか実際には足が向かない。

たぶんこれは、本当はたくさんある魅力的な地域のリソースを、うまく配列できないことが問題なんだな。

ということで

これまた盟友 ハバタク社の小原君が偶然にも秋田県五城目町に居宅を持っていたということで、同町で素晴らしい日本酒を醸す福禄寿酒造に訪問する算段をつけ、同町で何百年も開かれ続けている朝市で仕入れた食材と訪問して興味を持っ銘柄を見学したその日の晩に、見学した人たちと飲む、というコンテンツの主軸を定めたのが秋ごろ。

そこから、その軸に接木する形で

男鹿半島や大潟村へのエクスカーションルートを決め、地方バス会社との調整を担ってくれるbusket社の 西木戸さんと連携して移動手段を確保

さらに不足分の布団のレンタル交渉をして、五城目町を拠点として活動するハバタク社の丑田君から情報をいただきながら参加者とリレーション構築して

そうして迎えた土曜日当日からさっきまでは怒涛の実行フェイズ。

構想フェイズから実行フェイズまで、時間が経つほど

個人がやりたいことをカタチにすることが容易な世の中になったな

という感覚を強く持つようになりました。

こんなコトやったら日本酒好きな人は楽しいと感じてくれるのではないか。

その銘柄が生まれた土地にもっと触れられて、味わいもまた変わってくるのではないか

と、思いたってから2ヶ月弱。

その2ヶ月で、面白いと思ってくれた人がフェイスブックで参加の意思表示をしてくれる。

Busket社や現地のなかなか取れない情報を教えてくださる。

やってみたらどーだろか!という思いが起点になって、みるみるうちに、コンテンツを纏った企画になる。

『他者や、サービスや商品との接続性が高まることで、個人の意思は際限なく具現化される。』

抽象度の高い表現を使えば、そういう”それっぽい”表現に落ちる。

だけど、今回はそれが実感として自分に落とし込まれた貴重な機会だったなーと思います。

そして、この経験を若者の自立支援や起業支援に逆流させるなら

「誰のインサイトなのか?」

という問いだけでなく

「そのインサイトに刺さるサービスを、貴方は開発したいのか?」

という問いもセットですることが大事、ということが示唆だな、という気がする。

二つの問いに「Yes」であるならば、それが自分がこれまで手を付けた領域とは違う場所であるとか、不確実性が高くても、子どものようにまず手を出せるような無邪気な人でありたいなと思います。

さてと、次回はどこの酒蔵とその土地を堪能しましょうかねえ・・・