自分探しは恥ずかしい?これまでも今もこれからも?

って思うんですけど。どうなんですかね。

ネットとか、いや、リアルでも、自分探し中って口外している人で、かつ年齢的に20代後半とかの人はなんか「やっちゃってる人」「いたい人」みたいな感じで見られることが多いのではないかと思うのです。

かくいうタナカは、就職活動3回して最初の会社入りましたけど、その時点で自分のやりたい道?志?使命?みたいなものがちゃんとあったかというとはなはだ怪しい、というか無かったですね。

社会人というポジションには入り込んだけど、だからといって定まってた感じはない。それって自分探し中なのと何が違うんだろうか。

今だって、会社やめてなんとなくこういうことやっていきたいというのはあるけれど、じゃあそれが未来永劫自分の進むべき道を指し示す使命なのかと言われたら正直わからない。

あのスティーブジョブズだって、どっかの大学の卒業講演で(あ、これだこれ

「Connecting The Dots」

というキーワードでかっこよく話してますけど、あれなんて壮大な自分探しの話ですからね。

結果的に偉人になれたらそのプロセスは肯定され、そうじゃなければ否定されるなら、それは自分探しがハズいってことにはならない。

もしかするとうまい探し方、みたいな切り口はあるかもしれないですけどね。うまい時運探しの方法があって、それと対比して自分の自分探しの振る舞いはちょっと不味かったかな・・・みたいな。

これから先、今よりももっと世の中が流動化していった場合、「自分はこれで食っていくぜ!」みたいな拠り所がある日突然雲散霧消してびっくり・・・みたいなこともあるわけです。

そうなったときに、自分の道や志が変容したりしばしの間空白になったりもするでしょうし、そういうときの活動や思考って立派に自分探してると思うんですよね。

私自身も現在進行形でそんな感じなので、それでいいんじゃん?と思っていますが、周りの人でも「こんな歳で自分探ししてるわ自分・・・」とか感じている人も、それでいいんじゃない?と言ってあげたい。